超短編小説「九月の標本」

超短編小説「九月の標本」

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小説
夏が終わり、秋が始まる。その境目にだけある、少し寂しい時間の話です。


九月になると、彼は夏の名残をひとつだけ瓶に入れた。


去年は、海で拾った青いガラス片。

その前は、蝉の抜け殻。

もっと前には、花火の燃えかすや、乾いた朝顔の種もあった。


棚には、小さな瓶が八つ並んでいる。

全部、夏の終わりに拾ったものだった。


どうして集めているのかと聞かれると、彼はいつも同じように答えた。

「終わってほしくないから」


九月の夕方。


昼間はまだ暑かったのに、日が傾くと、風が少し冷たくなった。

道の脇では、虫が鳴いている。

空は少し高くなり、雲だけがゆっくり秋の形に変わっていた。


今年は何を残そう。


そう考えながら歩いていると、足元に小さな貝殻が落ちていた。

夏に行った海を思い出す。


彼は拾い上げた。

今年は、これにしよう。


そう思った瞬間、風が吹いた。

手のひらの貝殻が、ころりと落ちた。


拾おうとして、彼はやめた。

しばらく、そのまま見ていた。


そして、ふと思った。


夏が終わるのが寂しかったのではない。

終わってしまった時間に、自分だけが置いていかれるのが怖かったのだ。


彼は空を見上げた。

夕焼けの向こうに、うっすらと月が出ていた。


その夜。


九つ目の瓶は、棚に並ばなかった。

代わりに窓を少し開けた。


部屋に、九月の風が入ってきた。


季節は残すものではなく、通り過ぎていくから、美しいのかもしれない。
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