描けない。という問題は、けしてその人が怠けているわけでも悪いわけでもなく、何か理由があって、それを見つけて取り除くことができれば良いのだと思っています。描けない理由、取り掛かれない理由があって、それを見つけることができれば対策がたてられるのですが・・・
もう一つ、目標を下げたり、時間的対策をたててもなお、描くのに躊躇してしまう理由があるようなのです。
それが 自分を描く。ことに対する抵抗。「はずかしい」です
漫画を描きたいと思うような想像力のある人が創作というツールを手に入れる前にしていることは何でしょう。妄想です。妄想というのはたいていは自分が主人公で、その自分をヒーローにしたり、あるいは不幸のどん底に落とし込んでからの奇跡の復活をしたり、または既存の物語のストーリーの中に自分を入れ込んでして楽しむことでしょう。
一見マンガを頭の中で作っているような気がしますので、これをそのまま描けば超大作が出来上がるよな。と思います。描いてしまう人もいます。ところが、妄想には欠陥があります。他人が見ることを前提に創られていない。自分だけが楽しいのです。
妄想の多くのストーリーは破綻していたりひとりよがりだったりしますが、妄想している本人はそんなこと関係ありません。部分が刺激的で楽しければ満足できてしまいます。妄想であれば別にそれでいいわけです。自分を主人公にして、それこそありえない、とんでもないこともしてるわけですが、妄想だけならいくらでも許されます
さあ、ストーリーを作りましょう。というときに、それを描かねば、人の目に晒さねばならないと考えたら、躊躇するのは当然だと思います。それをマンガに描いてしまって、お母さんとかに見られて、あんた、こんな変なこと考えてるの?って言われたら、めっちゃイヤじゃないですか~(私の母も私のマンガを読むと、作品の感想じゃなくて私の心理分析する人でした。ヤメテホシイデスヨソレ)
では、それでも描くにはどうしたら良いでしょう。それは、他人(読者)の視点を考えることです。例えば主人公は最初、自分の性格と同一なのですが、客観的に考えてそれは普通すぎる。とか、何か面白そうな特徴をつけようとか、性格的に弱みをつけようとか考えると、それはもう自分とは別人です。むしろ、キャラクターを印象的にするには「自分」にしたらいけません。
それをお母さんに見られても、ああ、そのキャラそういうやつだから。で終われます。他に公開する場合もそうです。面白くない言われたら改善すればいいだけです。それはあなたが面白くないんじゃありません。主人公はあなたとは別人です。
もちろん、創作は自分の体験や感情を人に伝えるために表現する物だと思います。エピソードや好きなもの、感じたことなどは自分の体験がもとになります。でも、それを取捨選択して、伝えたいことがちゃんと伝わるように組み立てるのが創作だと思っています。
専門学校で教えていると、ああ、この人、こんな理由で描けないんだ。というのを発見することがあります。描けない、と進級や卒業ができません。毎年、いろんなパターンの「描けない」に遭遇しますが、怒って脅して描かせて
しまったら卒業はできても、もう2度とマンガ描きたいと思わないですよね。
マンガは楽しく描かないといけないと思います。