【出来事を訓練と捉える思考】

記事
学び


日常的スピリチュアル、安田です。

起こる出来事というのは
事前に予測することはできないし
避けることができません。
大ざっぱな予測はできても
何年何月何日何時何分までの
予測はできないのです。
なので、起こることは
避けようにも避けれないのです。
出来事を避けようとする思考ではなく
訓練として捉える思考ができれば
どんな環境でも訓練を受けることができ
成長する歩みができます。
出来事自体というのは
良い、悪いはありません。
良いか、悪いかは
私たちの勝手な解釈であり
判断なのです。
一見良いようなことが起こっても
悪化するようなこともあるし
逆に悪いようなことが起こっても
結果として良くなることもあります。
出来事というのは
未来に連結されていくので
その場、その瞬間には
分からないことがあります。
使命が大きい人には
訓練が必要なのです。
訓練がきつい場合がありますが
訓練というのは、本番ではなく
練習段階なのです。
きつい訓練であったとしても
続けていくことで
慣れてくるので
次の負荷が与えられて
基準が上げられるのです。
きつい訓練のように感じても
常に序の口と捉えることで
高い基準を目指すことができます。
きつい訓練が与えられても
乗り越えていくには
心理的な余裕が必要なのです。
心理的な余裕は
自分から主体的に
努力をしていくことで
身につけることができます。
出来事というのは
いつ起こるのかが
分からないので
いつ起こってもいいように
常に自分で自分を
訓練しておけば
心理的な余裕さによって
出来事を訓練として
捉えることができます。
時代の転換期というのは
何が起こるのかが
分からないのです。
思ってもみなかったこと
考えもしなかったことが
起こり得るのです。
出来事の訓練は
ある日突然のように
与えられるので
いつ与えられてもいいように
備えていけばいいのです。
私たちに与えられている環境は
完全完璧ではないので
プラス面とマイナス面があります。
プラス、マイナスというのも
プラスが良くて、マイナスが
悪いということではありません。
どちらも必要なことが
与えられていて
訓練されています。
現実の環境の中には
教師もいれば
反面教師もいます。
教師からは
素直に学べるのですが
反面教師は訓練として
学ぶことができるのです。
どう捉えるか
どう解釈するかは
勝手にできるのですが
都合が良いように捉え
解釈していくには
心理的な余裕の土台が
必要なのです。
避けることができない出来事を
都合よくするには
客観的に観察できる
余裕さが必要なのです。
自分のペースで
努力をしていくことで
確実に積み上げる歩みができ
余裕を感じる土台ができます。
実際、私たちに起こることは
大したことではないのです。
かすり傷程度のことを
大きくしてしまっているのです。
子どもの頃に
学校の教科書を
全部忘れたら
全てが終わったような
心境になりますが
大人から見たら
大したことではないのです。
それと同じように
膨大な宇宙から見たら
私たちに起こる出来事は
大したことではないのです。
広い視野、大きな視野から
物事を見ていくことで
現実に起こることを
小さく見ることができます。
起こる出来事自体は
変わらないのですが
どう捉え、解釈するかで
大きくすることもできれば
小さくすることもできます。
出来事を訓練にすることで
成長ができるチャンスと
捉えることができるのです。

今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら