【使命を自覚する】
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日常的スピリチュアル、安田です。
使命は悟ることなのですが
同時に自覚することでもあるのです。
自覚することは
苦しいことではあるのですが
自覚をすることで
使命の全うができるのです。
やりたいことが
そのまま使命になれば
やりたいことだけに
集中して、投入すればいいのですが
やりたいことと使命が
一致しない場合は
使命を優先させるべきなのです。
使命を優先するためには
使命に対しての自覚が必要なのです。
さほどやりたくないことが
使命になった場合
使命の自覚をしたくなくなるのですが
意図的に自覚していくことで
使命の全うを覚悟することができます。
使命を全うすることは
簡単ではないのですが
自覚することは
もっと簡単ではないのです。
なぜなら、自覚をした場合
使命を全うする方向に
向かうしかないからです。
どんな使命の全うでも
スムーズに行くことはありません。
ある意味、使命の悟りというのは
一方的に与えられて
簡単に全うできないことなので
とても理不尽なのです。
なので、多くの人は
使命の悟りを
無意識に拒否するのです。
ただ、使命というのは
自分のために与えられたのではないのです。
より大きな目的のために
使命が与えられているので
大きな視野が必要なのです。
使命が与えられることで
苦労することがありますが
その苦労は
より大きな目的のための
苦労であるのです。
私たちの本心基準は
自分のためだけの
苦労はしたくないのです。
より大きな目的のためであれば
苦労を受け入れることができるのですが
自分次元の苦労はしたくないのです。
なぜなら、価値の基準の違いを
感じているからです。
使命を自分次元で
考えてしまうと
重荷に感じてしまうのですが
より大きな目的の次元で
考えていくことで
貢献意識で歩むことができるのです。
いくら使命を悟ったとしても
現実的にできることは
たかが知れているのです。
時間、空間の制限があるので
大きな志を持っていても
できることしかできないのです。
現実の目の前のことに
最善を尽くすことしかできないので
もどかしさを感じることもありますが
そのもどかしさが
投入の原動力になるのです。
心霊が満たされることで
投入することができるのですが
逆に負債を感じることで
投入することができるのです。
使命の自覚は
早く自覚してしまった
方がいいのです。
良い意味で諦めて
自覚してしまえば
進むべき方向に
迷いがなくなるのです。
自分次元の
やりたいことというのは
非常に視野が狭いのです。
視野が狭くなってしまうと
今の時代の波動に合わなくなり
やりたいことができなくなります。
使命が与えられている人は
使命と一致しないこと
使命の妨げになることは
できなくなってしまうのです。
必然的にやりたいことを
諦めるしかないように導かれ
使命を全うするしかないように
導かれていくのです。
追い込まれることで
使命の覚悟ができますが
主体的な覚悟をしていくことで
基準高く歩むことができるのです。
今の時代は
より大きな目的を
実現することが
願われているので
より大きな目的のために
歩める人が求められています。
使命を悟れる人が
求められているのですが
使命を悟れる人は
そう多くはありません。
多くはないのですが
影響を与えることができるのです。
主体的に歩める人もいれば
受け身でいる人もいます。
どちらが、良い、悪いではなく
より大きな目的の使命を
悟れる人を通して
大きな影響を与えることができ
使命を全うすることができます。
今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌