突然、目の前で人が倒れた。
心臓が止まっているかもしれない。
AEDが近くにある。
しかし、多くの人が一瞬ためらいます。
「もし間違っていたら?」
「胸骨圧迫で骨が折れたら?」
「AEDを使って何かあれば責任を取らされるのでは?」
法律を知ることで、その迷いは少し小さくなるかもしれません。
日本には「助ける義務」はあるのか
日本では、一般市民に対して「必ず救助しなければならない」という包括的な法律上の義務はありません。
例えば、通りすがりの人が倒れている人を発見しても、法律上当然に救助義務が課されるわけではありません。
もっとも、親が子どもを放置する場合や、介護施設の職員、医師、看護師など、その立場や契約、法律上の義務から救助義務が生じるケースはあります。
つまり、
一般市民と、法的な保護義務を負う人とでは立場が異なるのです。
AEDで骨が折れたら?
胸骨圧迫(心臓マッサージ)を適切に行うと、高齢者では肋骨や胸骨が骨折することがあります。
しかし、これは決して珍しいことではありません。
心臓を動かすためには、それだけ強い圧迫が必要だからです。
またAEDは、必要があると機械が判断した場合にのみ電気ショックを行います。
誤って健康な人にショックを与えるような構造にはなっていません。
民事責任を負う可能性は?
救命のために合理的な行動をした結果、一定の損傷が生じたとしても、それだけで直ちに損害賠償責任が認められるとは考えられていません。
民法上、不法行為責任が成立するためには、
故意または過失
違法性
損害
因果関係
などが必要になります。
緊急事態において、人命救助を目的として社会通念上相当な方法で救命活動を行ったのであれば、違法性や過失が否定される可能性が高いと考えられます。
もちろん、故意に暴行を加えたり、明らかに不適切な行為を行えば別問題ですが、善意による通常の救命活動とは区別して考えられます。
刑事責任は?
刑法にも、人命救助を目的として行われた正当な行為を直ちに犯罪と評価する考え方はありません。
さらに刑法には「緊急避難」という制度があります。
生命という重大な法益を守るため、やむを得ず一定の行為をした場合には違法性が阻却される場合があります。
もちろん、個別事案ごとの判断にはなりますが、救命活動そのものが犯罪になると考える必要は通常ありません。
海外には「善きサマリア人の法」がある
アメリカやカナダなどでは、「Good Samaritan Law(善きサマリア人の法)」と呼ばれる制度を採用している州があります。
これは、善意で救命活動を行った一般市民について、重大な過失などがない限り法的責任を負わせないという考え方です。
安心して人命救助に参加できる社会を目指す制度として知られています。
日本にはこれと同じ法律はありませんが、だからといって救命活動を行えばすぐ責任を負うということでもありません。
一番怖いのは「何もしないこと」
心停止では、救急車の到着を待つ数分間が生死を大きく左右します。
その数分の間に、
119番通報
AEDの手配
胸骨圧迫
これらが行われるかどうかで救命率は大きく変わります。
法律はもちろん重要です。
しかし、法律もまた「人の命」という最も重要な利益を守ることを目的の一つとしています。
まとめ
救急救命は、医療だけの話ではありません。
法律もまた、「人を助けようとする行為」をできる限り尊重する方向で考えられています。
もちろん、すべてのケースで責任がゼロになると断言することはできません。
しかし、「助けようとしただけで訴えられる」というイメージだけが一人歩きしてしまうと、救える命まで失われてしまいます。
法律は、人を助けようとする善意まで否定するものではありません。
もし目の前で誰かが倒れたとき、まずは119番通報をし、周囲に協力を求め、可能であればAEDや胸骨圧迫を行う。
その勇気が、一つの命を救うことにつながるかもしれません。
南本町行政書士事務所 特定行政書士 西本