「『夜の闇に生きるもの』の真実」

「『夜の闇に生きるもの』の真実」

記事
コラム
私は夜の静謐な時間をこよなく愛している。夜には何か、特別な雰囲気があって、午前3時、4時といった時間に私は覚醒状態に入って、何かしらの作業に没頭していたりもする。漆黒の闇が私を呼んでいるようで、そんなとき、私はほの暗い深淵の向こうに自分だけの真実を見ているのかもしれない。

夜陰に紛れて徘徊する魑魅魍魎の類には、どこか社会に受け入れられない孤独感や、寂しさのようなものを感じ、何となく同情してしまうところがある。考えてみれば、人間は古来より自分たちの理解できないことには「神の仕業である」とか、「妖怪の悪戯である」などと独自の解釈を加え、納得しようとして来た歴史がある。

そういった「神」や「物の怪」の類には日本人の精神性や信念が表れていると思う。私たちが夜の闇の中に感じるふとした不気味さや異様な気配など、そういったものの中にはある程度の真実が含まれているのかもしれない。

それが故に、日本人は「運」や「縁起」をとても大切にする。この世界には目に見えるものだけではなく、目に見えないものの影響力が多分に働いており、そういったものに敬意を払うことで、日本人は自分たちの崇高な精神性を保ってきたところがある。

この世界に存在する全ての生きとし生けるものに愛を感じ、また生命を持たないとされるものの中にもある種の精神性を感じるとき、私たちはある意味での特別な体験をしているのかもしれない。美しいこの世界に、人目を避けるようにして生きる、そういった神や妖怪たちに、惜しみない祝福と愛を送りたいと思う。願わくば、彼らの居場所がこの日本に、なるべく長く残っていて欲しいものだ。そのようなある意味での「はぐれ者」や「異端児」が受け入れられる社会を、何時までも残しておいて欲しい。










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