こんにちは! "生きる”を描くひとナカツカ リクです。イラストレーターをやってます。こんな伸びそうにないタイトルの記事へよくぞお越しくださいました!感謝感激でございます。
この記事では、初めにも言いました僕のキャッチコピー、『"生きる”を描くひと』の意味やそう名乗り始めた理由についてお話していきます。 ココナラのプロフィール欄だけでは伝えきれない僕の人間性や価値観をお伝えできればと思います。
あなたは「生活感」という言葉にどんな印象を受けますか?
僕のいう"生きる”とは、生命そのものというより、生活や人生というニュアンスです。「"生きる”を描く」とは端的にいえば、「"生活感”を描く」と言い換えることができます。もちろんそれだけでは言葉足らずなのですが。ひとまずここではそう捉えていただければ大丈夫です!
「生活感」
この言葉は、しばしばオシャレの対義語のように扱われます。
特に、ミニマリストという言葉が登場した頃から"生活感は隠すべき"という風潮が強くなってきたように思います。
たしかに、生活感のあるものが部屋に散らばっていると、だらしなく感じたり、汚いという印象を与えたりしますよね。針金のハンガーやテレビのリモコンを見てオシャレだと感じる人はいないでしょう。実際、生活感を排除した部屋はとてもキレイでオシャレです。だからこそ、生活感のない部屋に人は憧れ、「生活感」という言葉はネガティブに捉えられるようになってしまったのです…。
しかし、僕は思います!
キレイなものやオシャレなものは美しいが魅力的とは違う、と。
「無い美より有る魅」というのは僕が子供のころから大切にしてきた価値観です。引き算による洗練された美しさよりも、足し算による奥深い魅力の方が素敵であるという意味です。これは人それぞれの価値観なので、この考え方が必ずしも正しいとは思いませんが、少なくとも僕にとっては無い美よりも有る魅の方が重要なことなのです。
だから僕は生活感というものが大好きです。キレイでオシャレな空間も素敵だとは思いますが、そこには奥深さというものがありません。しかし、生活感のある空間からは多くの物語を感じることができます。そこには、暮らす人の日常があり、さまざまな感情があり、過去があり、目まぐるしく流れる社会があり、それらを包み込む果てしない世界すら垣間見ることができるのです。
人間は元来、物語に惹かれる生物なのです。ただキレイなものやオシャレなものは一見すると素敵ですが必ず飽きがくる。それはずばり物語がなく、見えている部分以外に広がりがないせいでしょう。想像が膨らまず、共感性がないのです。
だからこそ、僕は生活感のあるイラストを、つまり"生きる”を描きたいと思うのです。たった一枚のイラストから途方もない時間の経過や複雑な感情、歴史ある社会と様々な文化、そして果てしなく広がる大地や大空に風や温度までも感じることができるなんて、こんなに素敵なことが果たしてあるでしょうか!!?
生活感という言葉はいま、オシャレの対義語のように扱われ、排除すべきものと思いこんでいる人が多いように見受けられます。たしかに一見すると生活感は、現実味が強すぎて美しくないもののように見えます。しかし世界は美しいものだけで構成されているわけではありません。美しいものと醜いものが在るからこそ世界は素晴らしいのだと僕は信じています。
美醜を受け入れてこそ、本当に素晴らしい世界を味合うことができる。僕はそういうものを表現するために日々イラストの修行を続けています!
どうでしょうか、生活感は無い方がいいと思っていた方も、「生活感」という言葉が少し好きになったのではないでしょうか?この記事を読んで、少しでも生活感という言葉が好きになってくれたならうれしく思います。
ココナラでも、生活感のあるイラストを販売しております。他にも背景イラストやアイキャッチアニメーションもお作りしていますので興味があればお気軽にご相談くださいませ。
最後まで読んでいただき誠にありがとうございました!