私は、学業成績優秀で、ピアノのレッスンにも熱心に取り組む子供でした。
一方で、他の人と自分は何か違うという違和感を物心ついた時からずっと感じてきました。
だから、家も、学校も、居場所として感じたことや、安心感を持って過ごしたことは、ほとんどないように思います。
親からは、無鉄砲だとか、根無草だとか言われ、一歩家を出たら外では何をするかわからないから、という理由で、軟禁状態だった時期もあります。
そんな親を安心させるため、世間的に良いとされる条件を兼ね備えた男性と結婚して子供を産むという選択に踏み切りましたが、結果は惨敗でした。
結婚した夫からは、「家のこともこんなにできないのに仕事なんて言って良いのか」「子供を公園にも連れて行かないなんて母親失格だ」などと日常的に存在価値を下げる言葉が投げられ、慣れないワンオペ育児に心も体もすり減っていきました。
振り返ると、幼馴染が知的障害や難病を持っていたり、思春期にお付き合いした男性がぱっと見でわかるような身体障害を持っていたり、バーで知り合ったフランス人男性と交際に発展したり、マイノリティな方達がいつも自然と私のそばにいました。彼らは、「自分といて恥ずかしくないのか?」「自分といると目立つけど、大丈夫なのか?」など、とても周りからの目を気にしていました。
私はそんなことを気にしたこともなかったため、そんな発想があるのか!と逆に新しい視点に驚きました。
養護学校で児童と交流したり、支援学級の児童の修学旅行に同行するボランティアや、障害世帯へのホームヘルプサービスや、生活保護受給者からの相談受付。同僚が同性愛者であったり、友人の子供が不登校であったり。
たくさんの場所でたくさんの人たちと出会って関わっていく中で、私の中に、マイノリティな方達ともフラットで同じ目線で過ごせる自分に気がつきました。いや、気づかせていただきました。
今、DVアル中モラ夫とは離婚が成立し、発達障害を持つ長男と2人暮らしです。
学生時代に障害児保育を専攻し、保育士資格と幼稚園教諭免許を取得していますが、長男との生活をより良くするために改めて発達障害についての書籍で勉強していたら、自分のことが書いてあるようで本当にびっくりしました。
今は仲間と体験を共有していくことの大事さを痛感しています。
ぜひ!気になったあなたからのメッセージ、お待ちしております。
責任を他人に求める方や、泥酔状態の方、また、精神疾患などにより出品者に暴言を投げてしまうような方などからのご利用は、ご遠慮いただいております。
皆様と豊かな時間が過ごせますよう、ご理解、ご協力いただけますと幸いです^ ^。