【今話題】「推しに救われる」って本当? バンギャ歴20年の私が見たリアル
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「推しが生きる理由です」「推しに救われた」
最近、そんな言葉を目にすることが増えました。
でも、本当に“推し”は人を救うのか?
バンギャ歴20年、ヴィジュアル系のライブハウスに通い続け、推し活に心を捧げてきた私が感じるのは、「救い」と「依存」は紙一重だということです。
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■推しがくれた光
10代の頃、学校や家では生きづらさばかり感じていました。
居場所がない、理解されない、誰にも本当の気持ちを言えない。
そんな毎日で、初めてライブハウスで聴いた大音量の音楽と、ステージで輝く“推し”の姿が、私にとっては唯一の救いでした。
「この人たちがいるから、もう少し頑張ろう」
そう思えたから、生き延びられた瞬間が何度もあります。
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■「救い」と「依存」の境界線
でも同時に、推しがいるからこそ、苦しくなったこともあります。
「会えない時間が不安」
「もっと近づきたい、特別でいたい」
「応援が足りないと嫌われるかもしれない」
推し活が「救い」から「執着」に変わったとき、心が壊れかけたこともありました。
だから私は、「推しに救われる」という言葉に、いつも小さな警鐘も感じています。
救いは本物だけど、同じくらい深い依存も育つことがある――それがリアルです。
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■それでも、推し活を続ける理由
それでも私が今もバンギャをやめられないのは、やっぱり「好きな気持ち」が本物だからです。
推しがステージで笑っていると、自分まで少し救われる。
何度も泣いたし、何度も立ち直らせてもらいました。
きっとこれからも、救いと依存の狭間で揺れながら、推しを見つめ続けるのだと思います。
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■同じ気持ちを抱えている
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