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左ヒラメ右カレイ!?~さかなクンに学ぶ、好きを極めるとさかなクンになれる~

こんにちは。 さかなクンの講演会 「ギョギョっとびっくりおさかな教室」 を見に行きました。 二か月くらい前に ポスターで告知を見て 親子で「いいね!」と意見一致し 早々とチケット購入していました とても楽しみにしていた講演会 わくわくしながら到着すると すでに駐車場は満車・・・ 相変わらずのマイペースで 近くだしぎりぎりに行こう と余裕こいてたので 息子からのブーイングをうけました、笑 でもこういう時 なぜかいつも運が良くて 今回も近くの駐車場が一台分だけ 空いていて ラッキーーーーー!お導き☆ と無事 開始時間に間に合ったのでした 気になる講演会ですが もう本当に面白かった! 小学校で海の生き物にはまり 夢中になりすぎてお目当ての大学にいけず お魚関連の仕事(スーパーと寿司屋さん)についたけど お魚を床に落とすなどで沢山怒られ 寿司屋では握ったシャリが おにぎりくらいの大きさになって 「君は寿司職人に向いてないから もういいから店の壁に絵をかいて!」 と言われて 絵をかいたらお店が話題になって テレビ局が取材にきて 「面白い若者がいる」 と現在所属している事務所の社長さんが 声をかけてくれたとのこと・・・・・ ここまでで なんて純粋で可愛らしい人なんでしょう・・・ と思ったのは私だけではないはず そして癒しキャラなのに 魚に関しての知識が博士 というギャップ 大人も子供も とても満足できる授業内容に みんな釘付け 最後にお子さん2人からの質問にも めちゃくちゃ丁寧に答えられていて 一番最後の質問に関しては さかなクンも分からずだったようなのですが 誤魔化すことなく正直に 「勉
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さかなクンは自身の使命に気づき先頭に立って広めていく人

さかなクンが初めて映画に出演するという。タイトルは「さかなのこ」で、さかなクンの自叙伝を原作とする物語。主演はのんさんで、さかなクンは、“ギョギョおじさん”という謎の役らしい。失礼ながら、その昔(1990年代)に初めて「さかなクン」をTVで観たときは、「魚に詳しいコメディアン」の一人かと思っていて、それほど気には留めてはいなかったこともあり、思わず前のめりに(笑)現在、さかなクンは、東京海洋大学名誉博士であり、東京海洋大学客員教授です。2012年7月13日には、 内閣総理大臣賞を受賞(海洋立国推進功労者として)。誰もが認める一流のキャリアを積まれた方であることを、恥ずかしながら改めて知ったのです。大変興味深いのは、小学生の時の卒業文集に「水産大学の先生になることです。研究したことを、いろいろみんなに伝えてあげたいからです」と書いていて、まさに子供のときの夢を叶えた人でもあること。小学校のころから魚に夢中だったそうですね。多くの子供たちは、なにがしか夢中になって、運動したり、絵を描いたり、楽器を演奏したりするけれど、中学、高校、成人してまでやり抜く、やりとげる人はそうはいない。大抵は、熱が冷めて遠ざかってしまうものだからです。さかなクンは大人になっても、まるで「食事の後の歯磨き」のように習慣になっていた。魚との「飽くなき探求」は生活の一部になっていたのです。そして、さかなクンの凄いところは、どこまでも謙虚であること。高校卒業後、夢だった東京水産大学に進学することができず、動物の専門学校に。目的は、その学校の海洋生物学科で学ぶこと。ところが、その学科は廃止に。運良く水族館のことも学
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「そんなの見なければいい」は危険だと思う

誰かを攻撃して、その人が弱ったり反省して良くなるとつまらなくなる。 だから、攻撃の対象がいなくなれば次を探す。 こんな場面が毎日繰り返されている。 さかなクンが言っていた。 広い海の中にいればそんなことないのに、水槽の中に入った魚は一匹を見つけていじめるという。その魚を水槽の外に出せば、中にいる別の魚がいじめられるという。 SNSでの罵倒は文字から始まった。そして今ではYouTubeでの言葉の攻撃。 ユーチューバーは、動画の中で相手のことを、「バカ」とか「アホ」と繰り返す。そしてマスコミは、その幼稚な言葉の応酬を炎上という言葉でまとめている。新しい言葉の誕生は、その「炎上」を認めているということだ。 ユーチューバーだけでなく、政治家までがTwitterで幼稚な言葉を繰り返している。読んでるだけで嫌悪感が湧いてくる。 このままでいいんだろうか? 「炎上」を受け入れていいんだろうか? 他人は、「そんなの見なければいい」と言う。 でも・・・ 「そんなの見なければいい」は、危険だと思う。 それは、世の中に起きた事実に蓋をしてしまうことだ。蓋をして何も無かったことにしてしまう。でもいつかは自分に降りかかるかもしれない。すぐに結論は出ない。でも蓋をする前に考えてみたい。そして、こんなことも頭の片隅に置いておきたい。 「何故嫌いなもの、イヤなものを見てしまうのか」 誰でも負に目を向けてしまう。それは自分の中にある負の部分に目を向けず、誤魔化しているだけかも。外にある負を見ている間、自分の心にある負の存在を忘れることができる。自分を守る無意識な手段かもしれない。 だから大きな事件が起きたり災害
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