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「その1秒」に価値はある?

効率や時短が求められ称えられる世の中、無駄を省くことは基本反対じゃない・・・が、それ時短か?効率良いか?というのをちらほら目にします。例えば車道ぎりぎりでスマホいじって信号待っている人やイヤホン付けたスマホで映像作品見ながら駅の長い階段を下りている人とか(・ω・)いやその時間の使い方!?確かに他の人より前の位置だから信号変わってはやく渡れる、スマホで映像見たりして待ち時間に情報を入れられるわけですが(・ω・)リスク半端なくでかい!車道を走ってる自転車(自動車、トラックなどからの落下物)にぶつかったら?階段踏み外したら?リスクのわりにリターンしょぼくない?っていう。なんでもかんでもちょっとした隙間をすぐ埋めるんじゃなくふわっと隙間があるほうが良い生活なると思います。あと上記の2例 他人を怪我させる可能性もあるわけで・・・。歩きスマホは止めましょう(´・ω・`)b
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本当に満たされてるやつなんて、この世にいないんだよ

◆何で隙間を埋めるのか最近、しびれた言葉である。 「本当に満たされているやつなんて、この世にはいないんだよ」 2016年公開の映画『二重生活』(監督:岸善幸、出演:門脇麦・長谷川博己・菅田将暉)のなかで、長谷川博己さんが吐く台詞である。 この映画は、直木賞作家である小池真理子の同名小説が原作である。 博士論文のテーマに悩む哲学科の女子大学院生(門脇麦)が、指導教員から「何のかかわりもない人への、理由なき尾行」を勧められ、近所に住む幸せそうな一家の夫(長谷川博己)に対して、それを実行するというドラマだ。 究極の人間観察。 何の目的もなく、ただ論文のために、他人を尾行し、その生活を観察し、体験し、人間理解を深める、というものである。 近所の夫を尾行してみると、愛する妻と子どもに恵まれた幸せな家庭生活がありながら、実は不倫をしていて、二重生活を送っていたことが分かった。 夫は、女子大学院生の尾行に気づいて、「なぜ、尾行しているのか」と問い詰める。そして、彼女の目的を知ったあと、いくつかの問答があった末に、彼が吐く台詞が、冒頭のものである。 「本当に満たされているやつなんて、この世にはいないんだよ」何のことはない言葉ではある。 だが、心に深く刺さった。 「満たされているやつなんていない」 確かに、そうかもしれない。みんな、何かで心の隙間を埋めている。 埋めていることを忘れてしまったような人もいる。 埋めていることを隠そうとする人もいる。 埋めていることを自覚しながら、その作業を続けている人もいる。 ココナラで出品されているクリエーターの皆さんには、僕と同様に刺さる言葉なのではないか。◆
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「どうせ私なんて」が口癖の、頑張り屋なあなたへ

はじめまして。深夜の保健室の、一条凛子です。今、この文章を読んでくださっているあなたは、もしかしたら、少しだけ、心が疲れてしまっているのかもしれませんね。毎日、誰かのために、一生懸命、頑張って。周りの期待に応えようと、完璧な自分を演じて。そして、一日の終わりに、一人きりになった時、ふと、こんな言葉が、胸をよぎる。「どうせ、私なんて…」その言葉は、まるで、冷たい鎖のように、あなたの心を縛り付けて、前に進む力を、奪ってしまってはいませんか?分かりますよ。その気持ちは、痛いほど。でもね、一つだけ、覚えておいてほしいの。あなたが、自分自身に向けてしまう、その、棘(とげ)のある言葉。それは、あなたが、「本当は、もっと良くなりたい」と、心の底から、願っている証拠でもあるのです。本当に、自分のことを、諦めてしまっている人は、「どうせ私なんて」と、嘆くことすら、しないものだから。だから、まずは、そんな風に、自分に厳しくなってしまう、あなたの、その「真面目さ」と「向上心」を、私が、褒めてあげさせてちょうだい。「あなたは、本当に、よくやっているわ」と。自己肯定感というのは、何か、特別なことを成し遂げたり、誰かと比べて、優れていたりすることで、得られるものではないの。それは、もっと、ささやかで、温かいもの。例えば、「今日は、朝、ちゃんと起きられた。えらいわね」「苦手な上司と、なんとか、一日、顔を合わせた。すごいじゃない」「誰かのために、淹れたお茶が、美味しかった。素敵なことだわ」そんな、日常の中にある、小さな、小さな「できた」を、あなた自身が、見つけて、認めてあげること。まるで、道端に咲く、小さな花
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あるものを受け入れるということ

私の義母は、買物が好きです。私や主人が休みになると、買物に行きたくて予定をきちんと聞いてきます。そして、食品類をたくさん買い込んできます。そのあとで私と主人で冷蔵庫の整理をします。(^-^;義母が買ってくるもので、冷蔵庫が常にパンパンなのです。(^-^;特に冷凍庫。年齢も年齢なので料理を一から作ることはあまりしなくなったので、冷凍食品が冷凍庫をパンパンにしています。そのせいで、我が家では氷を作ることができません。(^-^;そして、冷蔵庫の方には、買ってきて一口くらい食べたらそのまま放りっ放しになり、色々な事情で食べられなくなってしまっているものがたくさんあります。だから、私たちで見つけては捨てます。すると、それをまた補充するように買ってくるのです。(^-^;そして、一口食べて、残す。⇒腐る。⇒捨てる。⇒買ってくる。これの繰り返しです。全てを年齢のせいにするわけではありませんが、仕方ないと最近は捨てることを止めています。また補充されるからです。同じことを繰り返すなら、そのままそっとしておこうと。(^-^;ずっとそんな風に冷蔵庫の使い方を観察していたら、義母のフォーカスの傾向がわかりました。『ないものにフォーカスする』のです。『あるもの』に関しては興味が無いのです。『ないもの』を埋めようとする傾向が強いようです。だから、冷蔵庫に隙間があると『ない』から埋めようと買物をたくさんしてきます。買ってしまうと、『ある』ので興味がなくなり、そのまま放置されます。これは、戦前戦後にものが『ない』という時代に生きた人たちの癖なのだろうかと思ったりもしました。そして、心の中もそうなのでしょう。『な
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心の隙間

この詩は、今年の冬に書いた詩です。人間は、みな寂しいのかな… 心の隙間に風が通り過ぎていく 冬の風は、冷たい 凍りついた心を 誰が暖めてくれるのでしょうか 愛する人ですか 誰が私の心の隙間を埋めてくれますか 寂しい でも 冬が過ぎると暖かい春が来る 氷が解けると心も温かくなるのでしょうそんな日がきたら私の心の隙間が埋るかしら
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心の隙間

いつもどこかに埋まらない気持ちの寂しさがあった。今でもまだある。それらを埋めるために、今までどれだけのことをしてきただろう。摂食障害になるとまず言われるのが、愛情飢餓であったり、愛着の障害を指摘される。食べ物で表現されるから分かりやすいのかも知れないが、これも死に直結してしまう病なのだから、本当に慎重にならなくてはならないと思う。当事者にしか分からない苦しみがある。別にダイエットしたかったわけでもない。気づいてほしかっただけなんだ。私の例でお話しをすると、体重は最後に見たのが28㎏だったので、もうそのまま倒れて入院となった。そこに至るまでも、学校の先生が気づいてくださったので助かった経緯がある。その時に気づいてもらえていなかったら今はない。考えたら本当に寂しい経験でもあるし、私は初めて人生の挫折を高校生の時に味わい、その時の事が未だに癒えていなかったことを思い知らされる出来事があったのも最近です。記憶としては残っている範囲だから深くないだろうなんて甘かった…。子供の受験が自分を裁かれているようで怖くてたまらない。そんなことさえ過去のトラウマは影響を与えているようです。体験については割愛しますが、人は心の隙間を埋めるために、食物、衣服、装飾品、車などの物に依存したりします。アルコールもその一つだし、異性関係という方もいらっしゃるでしょう。辛いですよね。しかし根本を見なかったら、その対象が変わるだけなんです。少なくとも私は依存傾向を手放せなくて、色んなものに執着してきたと思います。もうそんなことしたくない。だって罪悪感しか残っていないから。そんな最中にいるならば、一度何が本当に欲し
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