毒親がしてきたこと2
続きです。
何をされても
私は褒めて欲しかった
愛して欲しかった…
一生懸命
努力しましたが
何も変わりませんでした。
見合い結婚で
父は若ハゲ、自分より
背が低い。
ただ設計士で
おじいちゃんは市会議員
母親の家はお兄ちゃんが
結婚して追い出される感じで
結婚していたみたいだった。
結婚写真は真顔…笑い泣き
お父さんの方の
おばあちゃんは
私達には優しかったですが
お母さんには
やんわり小言をいったりしてました。
そして300年続く我が家に
女の子3人しか産めなかった。
その鬱憤が
私たちに回ってきていたのだと
今は分かります。ショボーン
普段子供が怪我したら見に行きますよね?
母親は私が大怪我しても
ほったらかし
友達の親が病院に連れていくよう
いいに言ったので
連れて行ってくれますが
名前を呼ばれても付いてくれる
事はなく小1なのに
1人で診察しました。
そして8針縫いました。
私はそれから
歯医者も外科も
初診から1人で行くようになりました。
お金を出してくれるだけ
他のネグレストよらましです。
わたしが小6の時
家の近くまで来ると
息が出来ない、というのが
出てきました。
それは1年続きました。
もちろん苦しいので
母親に
「1分位心臓がとまる」
と言うと
「ウソばっかりつくな!止まってるならなんで今、生きてるんだよ!」
そう言われショックを受けました。
子供だったから肺がおかしかった
なんて分からなかったのです。
それでも
異変を伝えてるのに
一蹴されたのは悲しかったです。
翌年から
幻覚、幻聴が出てきました。
それを気付いたのは
三年生の時です。
皆は見えないと
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