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「絶対」を“相対”にする!

…自己啓発? そんな内容になってしまうのかもしれませんが、私が第一人者になるため、さらには第一人者で居続ける為に、念頭に置いている考え方です。あくまで「私は」ですけどね。「土俵」という言葉があります。分野・テリトリーという意味ですね。得意不得意は必ずありますし、やってもいないことは知らなくて当然です。そこには「好き・嫌い」「出来る・出来ない」「求められている度合い」など、様々な種類のベクトルが引っ張り合いになっています。別の回でもお話する予定ですが、「相対」からは、暫定的な答えしか出ない…というのが持論です。それは、間違いは無く機能もする。…ただし恒久的ではない。それに対して「絶対」、これは個人の確信に始まることですが、そのまま固着しないためにも「相対」することは必要だと思っています。つまり「絶対」と「絶対」を「相対」させる。そうすると、その「合間」が捉えられます。その「合間」にあるものは、その他、自分には関係ない相対の山です。実は、絶対と相対をシーソーに乗せるとブレます。理由は簡単、「相対」は変化するからです。変化しながらバランスをとるのが「相対」、言い方はどうかですが「組織の歯車」はまさにコレです。初心を忘れてしまうのも、この結果でしょうね…。これは、自分一人になると良く分かります。比べる相手が自分しかいないからです。つまり、過去の自分と今の自分。この2つは比べられます。この「絶対の相対」は、何より自分自身で直接変化に気づけることが要点です。「絶対」は意固地になったり、逃げ場が無くなったり、まさに一点固着の性質しかありません。しかし、そこには固着する「何か」がある。それを「
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通訳者の日常47 幸せは自分の経験の相対で決まる

人生は経験が宝知識ももちろん大事ですが、何よりも経験が宝です。「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」とドイツの偉人は言いましたが、経験から学んだ場合、最強になります。そして、その経験は自分の宝になります。歴史から学んでも、回避できないこともあるわかっているけど、避けられないことって起こります。どれだけ嫌な経験を避けたいと思っていても、自分ではどうしようもないこともある。いろんな本に、「嫌なことがあっても反応するな」「感情は自分で選べる」と書かれています。それでも、どうしても嫌なことが起こった場合、自分の経験が役に立ちます。幸せは自分の経験の相対で決まる幸せは、自分の今までの経験の中でどれだけいろんな経験をしたかによって決まります。自分の幸せの経験の中で、どのランクにはいってくるか?自分の経験の中の比較、相対でしかないのです。なので、いろんな経験をした場合、あの時これだけ最悪なことがあったから、今はまだまし、という状況が出てきます。もちろん、歴史(読書など)によって、不幸を避けることも可能ですが、幸せに関しては、自分の経験の中でしか推し量ることはできません。他人の経験と比較しても、意味がないのです。私が自分の話を聞かれるまでしない理由私は自分の話は聞かれるまでしません。理由は、私の経験は私のものであって、他人のものではないからです。聞かれたら答えるが、聞かれないなら黙っておく。このスタンスです。聞かれている場合は、会話のキャッチボールがしたいだけの場合が多いです。別に私に興味があるわけではなく、キャッチボールというコミュニケーションを行いたいだけなのです。なので、他人の話を聞
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