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お別れ

今回は、バトンタッチのその後。。。祖母は私に「神人の引き継ぎ」をした後は、本当に穏やかな生活を送っていました。歳のせいもあり、杖→車イス生活になりましたが毎日ニコニコ😊正直、神人だった頃の祖母と同一人物とは思えないほど。私は週末の度に祖母に会いに行っては、色んな話をして(御嶽に行ったあの日から、神事の話は一切しなくなりました)一緒に過ごしました。祖母の家に入ると、以前のような独特な「ユタの家」の雰囲気が一切なくて少し寂しい気もしましたが、子どもに戻ったような祖母の姿がとても可愛らしかったです。私が「ばぁちゃん、今日は何したの?」と尋ねると、祖母は「今日はね、学校に行ってきたよ。(多分デイサービスの事)明日もね、みんなと学校に行くんだよ。」と返事があったり。。。本当に楽しそうで、今まで忙しく神事に従事していた分、青春を謳歌しているような感じでした。しかし、その時は突然やってきます。。。ある日、いつものように夕食をとっていると珍しく祖父からの電話。「おばぁが今朝から体調崩して、今病院にいるよ。もしかしたら明日まで持たないかもしれない。病院に来られる?」との事。私は急いで病院へ向かいましたが、祖母はもう意識はありませんでした。そして日付が変わる頃に、静かに天国へと旅立ちました。享年89歳。後日、祖母の遺品を整理していると、生前に神事に使っていた道具が沢山出てきました。そのうちの一つ『ジョーカビ』。神事の際に、お供え物と一緒に供えるもの。盃(さかづき)として使用します。本来は、12枚で1セット。まだ真新しいジョーカビを数えてみると、12枚だったり、13枚だったり。。。中には10枚のもの
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「幻の国」

【得意げ】 7歳の小学校1年生の時 クラスの担任の先生が 「高野幸子」先生と言う 少し怖い担任の先生だった。 高野先生は 教育実習を終えたばかりの 若くて美人な新人教師だけど 怖いので子供から人気がない。 アワワワワ(((゚д゚; )))ワワワワッ でもキレる事なんて1回も無く 普段の態度が少し怖いだけで とりあえずクラスの子達は 普通に接する事が出来た。 そんな先生の社会の授業の時 大きな世界地図を広げて 黒板に張り付けて 国の位置の勉強をしてた。 この頃俺は 世界地図のパズルを組み立てて 大体国の位置を知ってたから 生意気に得意げな顔をしてた。 先生に質問されると 知ってる事を自慢したいが為に 勢いよく手を上げて大きな声で 「はい!はい!」と叫んだ。 そして先生にさされると 自信満々で国名を答えて 先生に褒められて上機嫌になり ご満悦になってた。 °˖☆◝(⁰▿⁰)◜☆˖° 〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓 【祖父の地図】 黒板に貼られた世界地図を見ると パズルのソビエトと同じ 右側3分の2だけ何も書かれてなく いつもこの事が不思議に感じてた。 この何も書いてないシベリア部分は 寒すぎて人が住めないと聞いてたが 鉄道があり駅もあるのだから 普通町位あるだろうと感じてた。 なのでこの事を先生に聞と 「確かに町や村がたくさんあるけど 戦争の武器も隠されてるから 色々秘密なの」という。 (´・д・`)ショボーン この事を聞いた俺は どんな町や村があるのか よけい知りたくなってしまい 冒険心みたいのが沸いてきた。 何かここには 特別な財宝があるような気がして この何も書かれ
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速いもので

祖母がなくなって20年になりました。母と話していてあの時は、丁度お雛様を飾っていて病院からタクシーで帰って大慌てで2人で片付けたねなんて話していました。その時、まだ幼稚園に通っていた甥っ子が“ばあちゃんだけ、すげ車乗っていいなぁ”と言っていたんです。その車は、…霊柩車( ̄▽ ̄;)今では、見なくなりましたがあの頃は、また結構走っていました。まだ、小さく見たこともない、どんな車かも知らなかったので“いいなぁ”なんて言ってしまったのでしょうΣ(>Д<)叔母にすごい怒られていましたそんな事も有ったねと今でこそ笑い話になっています(*≧ω≦)子どもは、本当に何を言い出すかわからないものです。今日のここちゃんいろいろな物を叩いて音がなるのが面白いみたいです。
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祖母と孫の戦争!

隣の家に住む父方の祖母。これがまた、少し可笑しな人である。これは、先日の祖母の発言と行動に対する小春ちゃん的ツッコミです。−−−−−−−−−−−−−−−とある日、母方の祖母(山暮らしでめちゃくちゃ優しい)がコロナウイルスのワクチン接種をして母が念の為一晩お泊りに行ったんです。つまり、わたしの家にいるのは父親と娘のわたしだけ。母(嫁)が居ない=わたしが息子の世話をしなきゃ♡と父方の祖母は思ったのか…夕飯も、翌日の朝食もめちゃくちゃ張り切って作っていました。それはいいんです。全然問題ないんです。ツッコみたいのは、息子のための食事しか作らないというところ!!!(# ゚Д゚)そうなんです。母(嫁)が家に居ない時…祖母は父(息子)のための食事しか作らないんです!!!いや、いいけどね?わたしは自分で料理くらいできますしね?でも、ちょっと腹が立つと思いませんか?ぶっちゃけ母は毎回、食事の用意をして出掛けます。晩ご飯も、翌日の朝ごはんも食べる直前にレンジで温めたりするだけで良いような食事を用意してくれるんです。だから、祖母の料理は必要ありません。母も毎回「ご飯は用意してありますから」と、祖母に伝えています。それなのに!!孫はフル無視で息子“だけ”のお世話をする。毎回、祖母は「小春ちゃんが起きないうちに食べにおいで♡」と父に言っているようで…酷いときは、大量のアレルギー持ちのわたしの食べられない食事を作り「これ、小春ちゃんは食べられないね〜」と、父だけに食べさせる理由を付けてきます。ハァァァ!?そこまでするぅぅぅ!?!?!?もともと、内孫より外孫を溺愛するタイプの祖母で外孫が来る度にわたしの悪口
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祖母は息子からどのような方法で、いじめの事実を聞き出せたのか?!

祖母はいったい息子からどのようにして、いじめの事実を聞き出せたのか。。 その答えは「誘導尋問」でした。   ------------------------------------------------------------------- 祖母: 先生に宿題のこと怒られたから嫌だったの? 息子: ・・・・・・・・・・ 祖母: 先生が嫌なの? 息子: ・・・・・・・・・・う~ん 祖母: クラスがつまらないの? 息子: ん~~~。祖母: 誰か嫌な子でもいるの? 息子: う~ん、まぁ。 祖母: 男の子?息子: うん 祖母: 女の子? 息子: うん 祖母: 両方? 息子: うん 祖母: いじわるされたの? 息子: うん 祖母: どんな風に? 祖母: 殴られたらの? 息子: 首を横に振る 祖母: 悪口を言われたの? 息子: うん                  --------------------------------------------------------------------- おおまかに、このように聞き出していったそうです。 このような誘導尋問方式は、特に小さな子には有効な聞き出し方だと思います。 当時息子は小学5年生でした。 このような方法で、実は私も同じように息子に根ほり葉ほり聞いてはいました。 で・す・が、、聞き方に問題がありました。  私の聞き方はイライラと共に聞いていたので、 息子は話したくても、話す気になれなかったのでしょう。 今となれば本当に情けなく感じます。 ということ
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霊感のある宇宙人な娘と天国のおじいちゃん

みなさん、お疲れ様です。 前回の続きです。 お義父さんが亡くなったことを ジジ大好きなランに伝えに行った。 「ジジ死んじゃった」と伝えると 「今ジジが私の部屋に来たから ママに伝えに行こうと思ったの」 そしてランは大きくなってから 初めてくらい大泣きした。 「ジジ今ここにいたもん」 「ジジ死んでないもん」 旦那の実家につくまでずっと声を出して泣いていた。 もちろん、私もケイトもルリも。 それほどみんなジジが大好きだった。 ジジの亡骸に対面しても ランは 「だってジジ泣きながら 椅子に座ってるよ」 「ババのこと心配そうに 近くにいるよ」 「いま、換気扇の下で たばこ吸ってるよ」と教えてくれた。泣いたりお義父さんを見たことで 体力を使い果たしたランは眠りについた。 翌日になるとジジの姿はハッキリと 見えなくなってしまったらしい。 でもぼんやり大きい男の人の存在は 感じていた。 ランはこの日も泣き続けた。コロナ禍だったので、親族だけで お通夜と葬儀を同日に行った。 葬儀会者のスタッフもあまりに孫達や私が泣くので私の事を実の娘だと勘違いしていた。「お孫さんに愛された優しい おじい様だったんですね」と言う言葉にますます涙が止まらなかった。その姿を見た実の父が「俺の時はみんなあんなに 泣かないだろう」と言ったそうだ。当たり前だ。人としての器が全く違う。比べること自体失礼だ。きれいなお花に囲まれ 棺で眠るお義父さん。 ルリとお義父さんの顔を撫でながら 「お義父さんどこにいますか? 教えて下さい」と言った。すると飾ってあった花の葉が一枚ヒラヒラ揺れた。 3秒くらいゆっくりヒラヒラと。 ルリと思
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