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中学校の先生の思い出 その9

泉しょう子先生(英語)3年生の時に、斉藤けい子先生、雨宮先生と3人で新任として宮崎中にやってきました。先生は斉藤先生とともに、うちの近所に下宿しておりました。最近気づいたのですが、泉先生は「優香」というタレントに顔立ちが似ていて、今で言う癒し系といった趣きでしょうか。前述したように私は、トイレ掃除を悪友のTS君、赤坂原のYK君と3人でやっていて、その監督が泉先生でした。ある日、いつものごとく先生が見回りに来た時に、YK君が何を血迷ったか、出し抜けに先生をトイレの個室に閉じ込め、こともあろうにその扉の上の空間から、クレンザーの粉をパッパとふりかけたと思いきや、唖然とする私らを尻目に、大笑いしながら脱兎のごとく駆け出し、そのまま帰宅してしまったのです。翌日3人は、担任の山田先生から大目玉を食らったのは言うまでもありません。YK君の取った行動は、まあ、親しみを込めた愛情表現だったのではないでしょうか。
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昔の話です

こんにちは皆様。私にも花の短大生だったことがあって、軽く見積もって何十年と経っているので、大昔と表現した方が良い二かも知れない。そう言う訳で、大昔の話である、その頃私はおばあちゃんの妹(おばちゃんと呼んでいた)にあたる人の所で下宿していた。その家は元々芸者の置屋だった家で、2人で住むには大きすぎるくらいの家で庭もありついた途端から庭掃除とお家の掃除は私の仕事と決められた。置屋をやっていただけの事は有って、おばちゃんは厳しい、障子のさんに埃が積もっていたら、指で拭って埃積もっとると何処かのテレビドラマみたいなことをする人、そんなのはテレビの中だけと思っていた私は、ひっくり返る位に驚愕を身に着けた。廊下の掃除は床を雑巾がけしないと、終わったとはならない、外は枯れ葉が落ちていると「落ちとったぞ。」と叱られる。きっと芸子を育てる時は、そんな風な日常の仕事が大事だと考えていたのだろう。(私は親戚で芸子では無いけど)割と大雑把な私にはその位叱られた方が、自分の為には為った、だが閉口したのは同じ年の従姉妹と比べる事だった。彼女は頭が良いし、何でもうまく出来るし、と彼女のいない二人の家では褒めたたえる言葉に辟易していた。大学生は夏休みが長く、私も実家に帰ることにした、帰ると入れ替わりに従姉妹が遊びに来ると言って、おばちゃんは喜んでいた。私は従姉妹の家でアルバイトがあると言って家に帰った。従姉妹は数日で家に帰ってきた、彼女の家と私の家は歩いて数分で、いるかいないかすぐわかる。聞くと大喧嘩になったそうだ。私は家事をするのに従姉妹はしないと言ったり、アクセサリーをあげたのをどうしたんだと言ったらしい
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