「繕う」と「整える」は、似ているようで違う
人間関係の中で、私たちはよく「大人になろう」とする。空気を読んで、嫌われないようにして、波風を立てないようにする。もちろん、それが必要な場面もある。でも時々、その“配慮”の中に、自分を置き去りにしてしまうことがある。私はそれを、「繕う」に近い状態だと思っている。⸻繕うは、ある意味、とても優しい。相手を不快にさせないように。場を乱さないように。ちゃんとして見えるように。でも、繕い続けると苦しくなる。なぜなら、“本当の自分”が、関係の中に存在できなくなるから。⸻一方で、私が大切にしたいのは「整える」という感覚。整えるは、感情をぶつけることでも、本音をそのまま投げることでもない。伝わる形に、調整すること。言葉を選ぶ。タイミングをみる。距離感を測る。そうやって、自分も相手も大切にしながら、関係を育てていく。⸻接遇の仕事をしていると、“丁寧”を勘違いして、自分を消してしまう人をたくさん見てきた。でも本当の丁寧さは、無理をすることじゃない。相手にも、自分にも、余白を残せることだと思う。⸻繕うは、「隠す」に近い。整えるは、「磨く」に近い。だから整えるには、自分自身をちゃんと見ている必要がある。⸻関係性は、正しさだけでは続かない。どんな言葉を使うか。どんな空気を渡すか。どんな距離感で関わるか。その“整え方”に、その人の品格が出るのだと思う。 関係性に、品格を。.LLER. Relationship Design 🌿
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