自分のOSだけで戦わない──他者の思考プロセスを“意図的に借りる”という選択
臨床でも仕事でも、複数の意見が並んだとき、私はあえて 「自分にはない思考プロセス」 を選ぶことがあります。それは、相手の意見に全面的に納得したからでも、場の空気を読んだからでもありません。ましてや判断を放棄した“丸投げ”でもない。むしろ逆で、「自分のOSでは到達できない場所に行くために、他者のOSを一時的に借りる」 という、能動的な選択です。■ 1. 思考プロセスの“異質さ”に価値を置くどれだけ経験を積んでも、私たちの思考には必ず偏りがあります。それは欠点ではなく、自然なことです。ただ、その偏りは同時に、「自分一人では辿り着けない答えが必ず存在する」 という事実も示しています。相手が積み上げてきた経験、学び、背景。それらは自分とはまったく異なる文脈で構成されている。だからこそ私は、ときどきこう考えます。「自分ならこう考える」を一度外し、相手の思考プロセスを丸ごと回してみたらどうなるだろう。これは、自分の知性を他者のOSで拡張する“実験”に近いものです。■ 2. 「やってみなければわからない」という前提に立つどの意見が最適解かは、実際に動かしてみるまで誰にもわかりません。臨床でも、組織でも、人生でも同じです。だから私は、「自分の正解らしきもの」に固執しない という姿勢を意識しています。他者のプロセスを採用すれば、成功しても失敗しても、自分一人では得られなかった“新しいデータ”が手に入る。これは単なる柔軟性ではなく、不確実な現場で知見を広げるための合理的な戦略 です。■ 3. 「選択」という責任の持ち方他者の意見を採用したとき、結果の責任は相手ではなく、「それを選んだ自分」に
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