絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

1 件中 1 - 1 件表示
カバー画像

「“らしく”って、誰が決めたの?」

「らしさ」って、何だろう。 男らしく。 女らしく。 子どもらしく。 学生らしく。 社会人らしく。 年寄りらしく。 気づけば、私たちはずっと “〇〇らしく”という言葉の中で生きている。 でも、不思議なことに、 「大人らしく」や「親らしく」は、 あまり聞かない。 それはなぜだろう、と考えた。 もしかすると「らしさ」とは、 その立場に向けられた“期待”の 別の言い方なのかもしれない。 社会の中では、 それぞれに役割があって、 そこに無意識のイメージがくっつく。 心理学や社会学では、こうした期待を 「役割期待」と呼ぶそうだ。 たとえば アーヴィング・ゴフマン は、 人は社会の中で役割を演じていると語っている。 けれど、 それは“演じている”だけであって、 本当の自分そのものではない。 「子どもなんだからこうしなさい」 「社会人なんだからちゃんとしなさい」 そう言われ続けるうちに、 いつのまにか自分でも 「親なんだから」「大人なんだから」と 自分を縛るようになる。 でも本当は、 子どもでも、学生でも、社会人でも、 ひとりひとり違う。 年齢や立場は同じでも、 感じ方も、 強さも、弱さも、価値観も、 全部違う。 それなのに、 “らしさ”という型に 押し込めようとするのは、 きっと周りが安心したいからなんだろう。 型にはまってくれたほうが、 扱いやすいから。 でも。 自分の人生に責任を持てるようになったら、 もう誰かの「らしさ」に 従う必要はないのかもしれない。 責任は、 縛りではなく、自由への入り口。 〇〇らしく、ではなく、 「わたしとして」どう在りたいか。 揺れてもいい。迷ってもいい。それ
0
1 件中 1 - 1