「年収より納得感」講談社を辞めた私が30年後に確信したこと
「このままでいいのか分からない」
「待遇はいい。でも、なぜか満たされない」
「周りからは羨ましがられる。でも、自分は納得していない」
もし、そんな違和感を抱えているなら、この記事はあなたのためのものです。
私はかつて、多くの人が「絶対に辞めるべきではない」と言う会社を、自分の意思で離れました。
しかも、待遇は間違いなくトップクラス。周囲から見れば“成功”のど真ん中にいました。
それでも、私は辞めました。
講談社を辞めた理由は「たったひとつ」
私は慶應義塾大学に入学しましたが、実は受験で燃え尽きてしまい、その後の人生の目標を見失っていました。
就職活動も「なんとなく楽しそう」という理由で進み、講談社の営業職として入社します。
講談社での5年間は、間違いなく充実していました。
優秀な先輩、刺激的な同期、成果を出す喜び。今でも鮮明に覚えています。
ただ、一つだけどうしても埋まらないものがありました。
「自分は“作り手”ではない」
出版社にいるのに、本を作る側ではない。
営業として結果を出しても、「これでいいのか」という問いが消えませんでした。
やがて、その違和感ははっきりした言葉になります。
「編集者にならなければ、この業界にいる意味がない」
周囲の「もったいない」をすべて無視した決断
そのとき、主婦の友社の編集者採用が発表されました。
私は迷わず受験し、転職を決めました。
当然、周囲は猛反対です。
「何を考えているんだ」
「講談社を辞めるなんてありえない」
「もったいないにもほどがある」
当時の出版業界でも、ほとんど前例がない決断でした。
ですが、私はその声をすべて無視しました。
0