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【霊力強化を意識する】

日常的スピリチュアル、安田です。 霊力というのは 霊的に何かが見える 聞こえる、感じるという 境地ではなく 霊的に負けない 力のことをいいます。 霊的に負けないというのは 霊的に振り回されないということであり 霊的に振り回されないというのは 環境の影響を受けないということです。 日常の環境には 霊的世界の影響があります。 日常の環境を把握することで 霊的世界の把握ができるのです。 今は霊的な時代になっているので 霊的世界が良くも、悪くも ごく身近に感じられるのです。 なので 霊的に振り回されやすいし 協助されやすいのです。 極端になりやすいので 振り回されやすくなるのですが 振り回されない霊力が 身についていれば 今の時代の恩恵を 感じることができます。 時代の恩恵によって 心霊基準が上がり 霊能力が目覚めている人が 増えてきていますが 霊力が弱いと 霊的に振り回されやすくなるので 危険なのです。 何となく 霊能力がある人を 憧れる傾向がありますが 霊能力よりも 霊力の強化が 必要なのです。 霊力は霊的に鈍感でも 身につけることができ 強化させることができます。 霊的に振り回されるのであれば 霊的に鈍感なくらいが丁度いいのです。 霊力の強化は 基準が高くなる知識を 徹底的に学ぶのと 瞑想の習慣によって 霊力を強化させることができます。 とくに真新しいことではないのですが 霊力の強化はコツコツと 努力を積み重ねるしかないのです。 霊的に弱い 霊的に振り回されるというのは 霊力の弱さが原因なのです。 時代の恩恵によって 霊的世界の整理が 成されていますが 同時にこの世の私たちの 霊
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【他人と比べると霊力が下がる】

日常的スピリチュアル、安田です。 私たちは反射的に 他の人と比べてしまう 癖があります。 他の人と比べることで 傲慢になるか 自信を無くすので 霊力が下がってしまうのです。 霊力を上げる 強化させることは 必要なのですが 同時に下げないことも 必要なのです。 霊力を上げっぱなし ということはできませんが できる限り 下げない意識をしていくことで 歩みやすくなるのです。 外からの刺激によって 霊力が下げられるのは ある意味、仕方がないのですが 他の人と勝手に比べて 勝手に霊力を下げてしまうことは 避けるべきなのです。 比べるというのは 癖なのです。 癖を直すというのは 簡単ではないのですが 癖だと自覚すれば 直したくなっていきます。 他の人と比べなくなれば 楽に歩むことができ 生きることができるのです。 霊力を上げる 強化させるのは 簡単ではないのですが 下げるのは 簡単なのです。 霊力を上げるには 努力が必要なのですが 下げるのは 何の努力も必要ないのです。 それだけ私たちは 霊的には弱いということです。 なので 霊力を身につける努力 強化させる努力 下げない努力が 必要なのです。 霊力は学ぶ習慣と 瞑想の習慣によって 身につけることができ 強化させることができますが 一朝一夕では 身につかないし 強化させることは できません。 今は霊的に振り回されやすい時代なので 霊力の強化が必要なのです。 霊能力よりも 霊力の強化が 必要なのです。 霊力は、霊的に鈍感でも 身につけることができるので 誰でも身につけることができます。 学びや瞑想という 基本的な努力を 続けることができれば
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【霊的世界を信じる次元を越える】

日常的スピリチュアル、安田です。 霊的世界があることを 信じる、信じないという次元では 霊的世界の霊人と共に歩むことが できないのです。 霊的世界は 私たちが信じていても 信じていなくても 存在しているのです。 単にこの世の生を終えた後に 行くという世界ではないのです。 霊的世界を信じる次元を 越えないといけないのは 霊的世界の霊人と 協力し合うことが 必要だからです。 この世の私たちには 霊的な協助が必要なのですが 霊的世界の霊人たちも この世の私たちの身体が 必要なのです。 なぜなら、霊的な成長は この世に生きている時にしか できないからです。 お互いに必要としているので 協力し合うことができるのです。 霊的世界からは この世を信じる 信じないということは あり得ないのですが この世の人の中には 霊的世界を信じないだけでなく 否定する人もいます。 霊的世界があるという 前提が無ければ 人生の目的を 解くことはできないのです。 いくらこの世で 大成功を収めたとしても 霊的世界に連結されなければ 意味がないのです。 霊的世界には 1円も持っていくことは できないし 埃一つも 持っていくことは できないのです。 なので 霊的世界に行くときは 完全なゼロベース思考が 必要なのです。 何一つ持っていくことは できないのですが この世での思い 感覚というのは そのままなのです。 思いや感覚は この世の延長線上なので この世に対しての未練が大きいと 死を受け入れられない 霊人もいるのです。 この世は理屈でも 動くことができますが
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【高い基準の霊人の願い】

日常的スピリチュアル、安田です。 高い基準の霊人の願いは 守る協助ではなく 建設的な協助を願っています。 建設的な協助をしていくには この世の私たちの基準を 上げていくしかないのです。 守りの協助というのは 大難が小難になり 小難が無くなるように 協助するということです。 プラス、マイナスで考えると マイナスの状態を プラスマイナスゼロの状態に 協助するということです。 この世の私たちにとっては 都合が良いのですが 高い基準の霊人たちにとっては 本来の使命を全うできていないのです。 最低限、この世の私たちの基準が プラスマイナスゼロの状態であれば わずかなプラスの協助が できるのですが ゼロの状態にも なっていない人が多いのです。 つまり 負債が多いのです。 できることが できていないので 負債を積み上げている状態で 場合によっては穴を掘っている 状態になっています。 負債を感じていると 自信が感じられなくなります。 そして 高い基準で歩めなくなり 低い基準の霊人に 足を引っ張られるのです。 高い基準の霊人たちは 建設的な協助をする使命が 与えられています。 高い基準で悟っている霊人なので 高い基準で悟っている人に 協助することができるのです。 基準というのは 一朝一夕では上げることは できないのですが 高い基準で悟っている 霊人が無数にいることを 知っておいてください。 その霊人の基準に 合わせることができれば より大きな協助が できるようになります。 ただ、霊的な協助というのは 私たちの願いだけを叶える 協助ではありません
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【高い基準の霊人を引き寄せる】

日常的スピリチュアル、安田です。 この世の私たちは 霊人を引き寄せる ことができます。 引き寄せている 自覚がなくても 霊的に鈍感でも 引き寄せているのです。 名前を知っている先祖であれば その先祖の名前を呼ぶだけで 引き寄せることができるのです。 ただ、どの基準の霊人を 引き寄せるのかは 選ばないといけないのです。 高い基準の霊人を引き寄せて 低い基準の霊人は 引き寄せてはいけないのです。 なぜなら 高い基準の霊人は 協助することができますが 低い基準の霊人は 足を引っ張るからです。 この世の私たちは 基準のコントロールが できるのです。 高い基準を維持することは できなかったとしても 基準のコントロールは ある程度はできるのです。 意図的に霊力を強化させる 努力ができるし 基準を低くする情報を シャットアウトすることができます。 なので 高い基準の霊人を 引き寄せることは 努力次第で できることなのです。 いくら霊的な整理によって 高い基準の霊人が増えても この世の私たちの基準が低ければ 引き寄せることはできません。 引き寄せの法則というのは 私たちと同じ基準の霊人を 引き寄せることをいいます。 「類が友を呼ぶ」というように 同じ類の霊人を呼ぶことが できるということです。 高い基準の霊人を 呼びたいのであれば 私たちの基準を 上げていくしかないのです。 基準というのは 日常の中で 上げていくしかありません。 愚痴、泣き言 不平不満、言い訳が 多い人は その基準の霊人を 引き寄せるのです。 常に感謝する歩みを して
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【波動が感じられる時代】

日常的スピリチュアル、安田です。 波動というのは 見えないので 分かるようで 分かりにくいのですが 波動とは感じる境地の ことをいいます。 今までは見えることが 価値視されていたのですが 今からの時代は 感じる境地が 価値視されていきます。 波動というのは 感じることなので 実際は見ること 聞くことよりも 早く感じられます。 波動というのは 人間だけにあるのではなく 全てのモノに 波動があるのです。 霊的な境地を 極めていくと ありとあらゆるものからの 波動を感じることが できるようになるのですが 今の私たちには その波動に耐えられないのです。 なぜなら 霊力が弱いからです。 霊力を強化させることで 耐えられる波動を感じることが できるようになります。 霊力の強化には 学び、実行、瞑想、運動の 習慣が必要なのですが 日常の歩みの中で 霊力を強化させることが できるようになります。 ほとんどの人は 霊力の強化を 意識していませんが 感じる境地が 価値視される時代では 霊力の強化が 必須なのです。 なぜなら 霊的に振り回されやすい 時代になっていくからです。 霊的世界の整理は 進んでいるのですが 足を引っ張る霊人も まだ多く残っています。 霊的な整理が 進んでいくことで 今まで以上に より足を引っ張って くるようになるのです。 霊的整理が進んでいることを 漠然とながらでも 信じている人は どんどん良くなる方向に 向かっていると 信じられるのですが ある一点の峠を 越えていくことで 一気に変化していきます。 混沌としてい
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【高い霊的世界の基準に合わせる時代】

日常的スピリチュアル、安田です。 時代の恩恵によって 霊的世界が整理されています。 そして、霊的世界は この世よりも進んでいるのです。 その進んでいる 霊的世界に合わせることが できるようになれば 高い基準で歩むことが できるようになります。 高い基準というのは 模範を示すということです。 模範というのは 現実的な努力なのですが 相続できる努力を していくことをいいます。 人それぞれで 学ぶべきこと 実行するべきことが 違うので 何を学ぶのか 何を実行するのかよりも どう努力をしていくかを 相続することを意識してください。 霊的世界の基準に 合わせる時代というのは 魂を基準にする時代 ということです。 その魂の基準は 私たちの良心基準であるので 非常に高い基準なのです。 高い基準の歩みというのは 今の基準の中で 最善を尽くしていけばいいのです。 他の人、周りの人の 基準と比べるのではなく 今の自分の基準の中で 最善を尽くせていればいいのです。 霊的世界からの 協助というのは 今の自分の基準に合った 協助が成されていきます。 何となく高望みを していきたいのですが 霊的世界からは 私たちの基準が分かるので その基準に合った 霊人が協助してきます。 この世の私たちの 基準が低いと 基準が低い霊人が 引き寄せられて 足を引っ張るのです。 厄介なのは 基準が低い人に 基準が低い霊人が 引き寄せられて 基準高く歩もうとする人の 足を引っ張るのです。 基準が低い霊人たちの 足の引っ張りは 内的な誘惑をしてくるか 基準が低い人を通
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【霊力を強化させる努力】

日常的スピリチュアル、安田です。 どんな力であったとしても 努力をしなければ 身につきません。 これは当たり前のことなのですが この当たり前のことが できていない人が多いのです。 霊力は霊的に鈍感でも 身につけることができるので 後天的な努力をしていけば 誰でも身につけることができます。 霊力は何かが見える 聴こえる、感じるという 能力ではありません。 霊的に振り回されない力であり 霊的に負けない力なのです。 霊媒体質になって 霊的に振り回されたり 負けてしまっては 全く意味がないのです。 それよりは、霊的に鈍感で 霊力が強い方がいいのです。 霊力の強化は 学び、実行、瞑想、運動の習慣によって 強化させることができます。 というと とくに真新しいことではないのですが 当たり前の努力を 当たり前に続けていけば 霊力を強化させることができるのです。 今までの時代は 霊的に何かが見える 聴こえる、感じることに 憧れる人が多かったのですが 今の時代は 霊力の強さに 憧れるべきなのです。 霊的に振り回されるのではなく 高い基準の霊人を引き寄せる 力が必要なのです。 時代の恩恵によって 環境が変わることで この世の私たちの力だけでは どうすることもできないのです。 現実的な努力をしながら 霊力を強化させることで 霊的世界の霊人と 協力し合う時代に なったということです。 なので 誰もが霊力を身につけて 霊的に振り回されないで この世での使命を全うするための 霊的協助を願うべきなのです。 ただ現実は 霊力を身につけようと する人は少ないし
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【本当に感じるべき自信とは?】

日常的スピリチュアル、安田です。 本当に感じるべき自信というのは 何かができることではなく 霊的な協助が成されることに 自信を感じるべきなのです。 なぜなら、この世の私たちは 大した努力はできないからです。 時間、空間という 制限があるので できることは たかが知れています。 霊的な協助に感謝し 自分に霊的な協助が 成されていることに 自信を感じていれば 霊的世界の霊人と 共に歩むことができます。 自信というのは 大したことができなくても 感じることができるのです。 どんな分野でも 上には上がいるので 完全に一番にならなければ 自信を感じられないとしたら ほとんどの人は 自信を感じられません。 才能、能力の発揮には 霊的な協助が成されています。 この世の私たちの 努力は必要なのですが 霊的な協助によって 努力ができるようになるのです。 努力ができる環境に導かれたり 出会うことができるというのは 私たちの努力ではできません。 共に協力し合える人に 感謝することは必要ですが まず、その出会いに 霊的な協助があったのです。 「自分に霊的な協助が成される」と 自信を感じることができるでしょうか? 過去の時代は 霊的世界というと この世で生を終えた後に 行く世界という 認識しかなかったのですが 今の霊的世界の認識は 共に歩むという認識なのです。 今までの時代でも 霊的な協助によって 導かれてきたのです。 ですが ほとんどの人は その霊的な協助に 感謝することなく 「ただ運が良かった」とだけ 感じていたのです。 霊的協助に 感謝す
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【一秒圏時代の可能性】

日常的スピリチュアル、安田です。 今のオンライン時代は 一秒でつながることができる 時代なのです。 今となっては 当たり前になっていますが かつては 考えられなかった ことなのです。 この一秒圏時代の延長に 霊的世界とつながるようになります。 霊的世界とのつながりには 一秒もかからなくなるのです。 通信の速度は これからより 加速されていくので 当たり前に霊的世界と つながるようになります。 今はパソコンや スマートフォンを 持ち歩いていますが いずれ全ての空間で オンラインでつながるようになるので それこそ何も持たない 時代になっていきます。 一秒圏時代というのは 既に国境を越えているのです。 地球の反対側の人と 瞬時につながれるというのは 今の国境は 無意味だということです。 国境線が無意味になれば いずれどこにでも 自由に行き来できる時代になり どこにでも 住むことが できるようになります。 この世の国境が 無くなっていけば 霊的世界との 境目も無くなり この世にいるのか 霊的世界にいるのかが 分からなくなるほどになります。 過去の時代は 科学が発達すればするほど 霊的世界から遠ざかるような 感覚がありましたが 今は科学、テクノロジーが 発達すればするほど より霊的世界と近くなります。 いずれ、この世と霊的世界が 融合されるようになり 共に協力し合うことが できるようになります。 今のこの世の人は 心霊基準は上がっていますが 現実的には 霊通することが できないのです。 霊通することができないので 今、霊的世界
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【霊的波動を上げて、下げない】

日常的スピリチュアル、安田です。 霊的波動を上げたら 下げないようにしてください。 せっかく上げたのであれば 下げないように工夫をしていかないと 心霊的に不安定になります。 完全に下げないことは できないにしても なるべく、できる限り 下げない工夫が必要なのです。 霊的波動は、波動が上がる 学びをしていくことで 上げることができます。 逆に波動が下がるのは 無駄な情報なのです。 知る必要がないことを 見たり、聞いたり 読んだりすることで 霊的波動が下がるのです。 霊的波動を上げていくのは 一苦労しますが 下げるのは簡単なのです。 霊的波動は意図的に 学ばないと上げられないのですが 下げるのは 無意識に簡単に できるのです。 それだけ 霊的波動を上げるというのは 簡単ではないのです。 現実の環境は 放っておけば どんどん波動が 下がっていきます。 波動が下がるような 環境につくられています。 とくにマスメディアの情報は 霊的波動を最も下げ 霊力を奪い、低下させていきます。 意図的に霊的波動が下がるように 仕組まれているのです。 下がった霊力を上げるのは 簡単ではないのです。 一切、マスメディアの情報を 入れなかったとしても 知らず知らずのうちに 霊力は下がっています。 霊力を上げるのは 貯金をしているような ものなのですが その貯金が 知らず知らずのうちに 減っているのです。 なので 貯金を減らす比率よりも 貯金を増やす比率を 多くするしかないのです。 霊力を上げる時間は 必要なのですが その後の霊力を下げない 時間も必要なので
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【霊的に高い波動を出す】

日常的スピリチュアル、安田です。 見えないことが 価値視される時代は 「波動」がより 価値視されるようになります。 波動というのは 文字通り「波の動き」 なのですが 海の波のように 動き続けています。 いくら私たちが 何もしていなくても 身体の中の波は 動き続けているのです。 その波を大きくするには 実行が必要なのです。 実行することで 霊的に高い波動を 出すことができるのです。 海に波が必要なのは 波がないと水が腐るからです。 同じように 私たちも波がないと 腐ることはないにしても 衰えていくのです。 霊的波動は 霊的世界にいる 霊人が出すのではなく この世の私たちが 出していくことなのです。 現実的な努力をしていくことで 霊的な波動を出すことができるのです。 高い基準の霊的な波動を 出していくことで 高い基準の霊人と 基準を合わせることが できるようになります。 先に高い波動を投入することで 真空状態をつくることができ その真空が自然に 埋まるようになります。 現実的に 高い波動というのは 希望と可能性を 与えることをいいます。 嘘でもハッタリでも 希望と可能性を与えられる人は 波動が高いのです。 愚痴、泣き言、不平不満、言い訳 というのは、最も波動を下げるのです。 湧き上がってくる思いは 仕方がないのですが 言葉で発信しなければ それ以上は大きくなりません。 私たちの一言というのは 霊的に大きな影響を 与えているのです。 単に感情が流されて 余計なことばかりを 言っていると 霊的な基準を 下げてしまうのです。
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【オンラインで霊的につながる希望の時代】

日常的スピリチュアル、安田です。 時代の恩恵によって テクノロジーが発達し そのテクノロジーを 本格的に活用することが できるようになりました。 今までは 「オンライン」というと パソコンやスマートフォンに 詳しい人だけが使う用語でしたが 今や誰もが 当たり前に使う用語に なったのです。 これまでも 技能的には可能で あったのですが ほとんど活用されていないに 等しかったのです。 「オンライン」というと この世の人たちだけの つながりようですが 霊的にもつながっています。 通信というのは 時間、空間を超越しているので 霊的につながっているということなのです。 例えば オンラインである聖地と つながることで そのつながった場所も 聖地化されるということです。 実際、今までの通信も 霊的につながっていたのです。 電話にしても 文章にしても 動画にしても 画像にしても ホームページにしても 全ての通信で霊的に つながっていたのです。 霊的なつながりというのは 霊的世界とだけの つながりではなく どんな場所にも 見える場と 見えない場があります。 見えない世界を 感じる人は 見えない場を 感じることができるのです。 オンラインで 聖地とつながることで 聖地化されるというのは その聖地の見えない場と 霊的につながるということです。 全ての存在には 見える面と 見えない面があります。 全ての場所も 見える場と 見えない場があるので 霊的につながることが できるようになるのです。 そして どの場と霊的につながるのかを 選ぶことができるの
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【日常の基準にこだわる】

日常的スピリチュアル、安田です。 日常の歩みは 流されやすいので 基準を立てることが 簡単ではありません。 ですが 日常で基準を立てなければ 成長することはできないのです。 特別な場 特別な環境というのは 一時的であり 一定期間だけなのです。 私たちのほとんどは 日常での歩みになっていくのです。 日常というのは 同じようなことの 繰り返しなので 流されやすいのですが 同じようなことを 繰り返している中で 基準を立てる 上げる意識が必要なのです。 日常の基準に こだわるというのは 基準を上げていくことに こだわるということです。 基準を上げるというのは より投入するということです。 より投入するというのは 負荷をかけていくということです。 例えば 筋トレであれば 同じ回数をずっと続けても 負荷がかからないので 鍛えることができません。 最初は腕立て伏せ10回が 限界であったとしても だんだん身体が慣れてくるので 10回の腕立て伏せが 簡単にできるようになります。 どんなことでも 最初はきついのですが だんだん慣れてくるのです。 その慣れてきた時期に 負荷をかけていかないと 継続することができても 基準を上げることが できなくなるのです。 負荷をかけるというのは 苦しいことなのですが 負荷をかけていかないと 成長することはできないのです。 とくに日常というのは いちいち誰かが 指示してくれるのではないので 自分で自分に負荷を かけるしかないのです。 何年も同じようなことを 繰り返していてもいいのですが どれだけの負荷を かけて
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【本来の基準を目指す時代】

日常的スピリチュアル、安田です。 本来の基準というのは 軸になる基準であるので どんなに時代が進んでも 永遠に変わらない 原理原則の基準なのです。 本来の基準を 目指していくには 今までは本来の基準ではない という認識が必要なのです。 現実的に経験するしかなかったのですが 経験しなくていいことを 経験してきたということです。 あるいは 感じる必要がないことを 感じてきたということです。 今までの時代が 本来の基準ではないことは 一目瞭然なのです。 なぜなら 矛盾に満ちた 時代だったからです。 矛盾というのは 同じ個体の中に 相反する目的があり 真逆の方向に 向かっているということです。 極端な言い方をすれば 破滅の状態になっている ということなのです。 大きくは 善と悪というのは 目的が真逆なのです。 中には 「善があるから悪もある」と 言われる人がいますが 善と悪というのは 調和ができないのです。 本来の基準は 善しかなかったのです。 もし、悪しかなかったとしたら この世の中はとっくに破滅していたのです。 今の現実の中では 善しかない基準というのは ピンとこないのですが 本来の基準は 善しかなかったのです。 その基準を目指せる時代が ようやく到来したのです。 今の私たちは 善の基準と悪の基準の両方を 何となくでも知っているので 葛藤が絶えないのです。 私たちの個体の中で 性善説と性悪説があるので 葛藤するのです。 そして、善の基準も 何となく曖昧なので 軸になる基準が 分からないのです。 本来の基準というのは 善の基準が
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【願う以上に、誓う】

日常的スピリチュアル、安田です。 願うことは必要なのですが プラス、誓うことで 自己責任を全うすることができます。 私たちの歩みには 自力と他力が共にあります。 全てが自力であれば 大したことはできないし 全てが他力となると 依存をするようになるので 自力と他力の両方が 共にあるのです。 自力というのは 自分で最善を尽くせるのですが 他力というのは コントロールができないのと 膨大な領域になります。 この世だけではなく 霊的世界も含めての 他力であるので 膨大な領域なのです。 私たちができることは 自力を全うすることだけなのです。 自力を全うすることで 他力によって導かれるのです。 ただ、自力を全うするというのが 簡単ではないのです。 いくら自分次第の 自己責任であっても 完全完璧の歩みというのは 実際にはできないのです。 最善を尽くせても 完全完璧な歩みまでには 至らないのです。 霊的な協助によって 物事が導かれていくのですが 霊的な協助ができるような 歩みが必要なのです。 なので 願うこと以上に どう誓うかなのです。 誓いというのは 何となく恐ろしさを 感じるのですが 誓っていかないと ただお願いだけをする 歩みになってしまうのです。 どんな人でも 願っているだけでは 願いは叶わないことは 知っているし、感じています。 そして 求められている 自力の基準も 何となく感じているのです。 その基準が高く感じてしまうと 願うことに苦しさを感じてしまい 願えなくなってしまうのです。 自己責任というのは 誓うことであるので 重荷
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【日常の中で霊力を強化させる】

日常的スピリチュアル、安田です。 霊力は現実の中で、日常の中で 強化させることができます。 霊力は徹底的に学び 徹底的に投入することで 強化させることができます。 そして 現実的な体力も必要なので 運動の習慣も必要なのです。 現実的に 身体の免疫を 身につけることで 霊的な免疫をも 身につけることができるのです。 なぜなら 私たちの心と身体は 一体になっているからです。 身体を鍛えることで 精神的にも鍛えられるので 霊的にも鍛えられるのです。 私たちが 霊的な基準を上げることで 高い基準の霊人を 集合させることが できるのです。 類友の法則は この世だけではなく 霊的世界とも 類友の法則が 成り立つのです。 私たちが 嘘でも、ハッタリでも 全く根拠が無くても 高い基準の意識ができれば 高い基準の霊人と 類友の法則で 共に歩むことが できるのです。 この世の導きというのは 霊的な協助によって 成されていくのです。 高い基準で歩んでいる人は 高い基準での類友の法則が 働くようになっています。 私たちは どの基準に合わせていくのかを 選ぶことができるのです。 低い基準に合わせることもできるし 高い基準に合わせることもできるのです。 霊的に振り回される人は 低い基準に合わせている 自覚すらできないのです。 この世の私たちが 決断をしていくことで 高い基準の霊人と 合わせることができるのです。 霊的に何かが見える 聴こえる、感じるというのは どうでもいいことなのです。 霊力は霊的に鈍感でも 身につけることができるし 強化させることが
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【霊的な強さ】

日常的スピリチュアル、安田です。 混沌としている時期は 霊的に振り回されない 霊力が必要なのです。 霊的に負けない 霊力を身につけることで 混沌としている時期を 乗り越えることができるのです。 この世の私たちが 霊的に振り回されてしまうと より混沌さが 強化されてしまうのです。 集合的無意識が より混沌として さらに霊的に 振り回されるという 悪循環が続いていきます。 霊力というのは 霊的に負けない力であり 霊的に突破する 力でもあるのです。 霊力を身につけるには 学ぶ習慣 実行する習慣 瞑想の習慣が必要なのです。 霊的に突破するには 言葉の力が必要であり 実際に実行する力が 必要であり 瞑想によって 霊的突破ができます。 霊的突破と言っても 日常の中で 現実の中で できることなのです。 霊力は日常の中で 基準を上げていくことで 身についていくのです。 学ぶ基準 実行する基準 瞑想の基準を 上げていけば 霊力を強化させることができ 霊的に振り回されなくなります。 この世の私たちは 霊的に振り回されてはいけないのです。 それこそ、嘘でも ハッタリでもいいので 強気な振舞いが必要なのです。 現実の環境は どうにもできなくても 霊的な勢いと 霊的な強さがあれば 全く根拠が無くても 突破できるような 気がするのです。 今の混沌さは 霊的な原因でもあるのです。 この世を混沌としていくことで 歴史的な転換をしていくために 与えられている混沌さでもあるのです。 今まで曖昧にしてきたこと 見て見ぬフリをしてきたこと 先延ばしにしてき
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【現実的な努力から霊力が身につく】

安田です。 霊力というのは 現実的な努力によって 身につけることができます。 というより 私たちができることは 現実の中での 努力しかできないのです。 時代が大きく 変わろうとしている時期は より混沌としてくるので 霊的に負けない力が 必要になっていきます。 霊力というのは 何かが見える、聞こえる 感じるという力ではなく 霊的に振り回されない 力のことをいいます。 混沌としている時期に 霊的に振り回されてしまうと とんでもないことを してしまうことがあるのです。 霊力は現実の中で 出し切って やり切って 投入し切る歩みを していくことで 身につけることができます。 私たちが高い基準で 歩めるようになることで 高い基準の霊力を 身につけることができるのです。 これからの時代は 霊力という 霊的な実力が 求められてきます。 低い基準に振り回されない 力を身につけることで 高い基準を維持することができ さらに基準を上げることが できるようになるのです。 霊力というのは 誰でも持っている力なので 誰でも育てることができます。 現実の中で 全てを投入することで 真空をつくることが できるようになるので 霊力が与えられるのです。 これからの時代の スピリチュアルは 霊性教育によって 高い基準で歩めるように 導くことが求められるのです。 霊的に鈍感でも 高い基準で歩めていれば スピリチュアル的な 歩みができているということです。 元々はどんな人でも 霊力があり 霊的なことが 自然に分かるように なっていたのです。 霊的な事
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音声 電子書籍 第122弾【 霊性教育時代の始まり~日常の中で霊性教育をする方法~】

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