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『普通』の境界線で立ち止まる――正論に自分を預けられない、あなたのための問い

「どうして普通にできないの?」「その道は、あなたのためにならない」周囲から向けられる正論や、社会的な「正しさ」。それらが相手の事を心から想っての言葉であり、時には合理的な助言であることも、私は分かっているつもりです。そして、周りに不都合をかけている自覚や、自分自身の「業」のようなものに、誰より自分自身が苦しんでいることも。それでも、正論だけではどうしても自分を止められない瞬間があります。パンスール(考える人)として、今日はそんな境界線に立つとき、自分を救うための思考についてお話しします。最近手にとった、梶谷真司氏の著書『問うとはどういうことか』の中に、一つの視点がありました。私たちは「常識」や「規範」があるからこそ、大きな衝突なく社会に順応していけます。けれど、ひとたびそこから外れると、本人は「生きづらさ」を感じ、周囲はそれを「問題」として扱わざるを得なくなります。  私自身、ADHDという特性を抱え、性や愛の形においても、世間の「常識」とは異なる激流の中にいた時期があります。それは決して手放しに肯定できることばかりではなく、自分を損ない、周りに心配や不利益をかける経験でもありました。この本は、単に「非常識が正しい」と説いているわけではありません。ただ、マジョリティ(多数派)が「正しい」とされている状況は、往々にして思考停止の結果である可能性を指摘しています。  障がいや、人には言えない性・愛の悩み。それらを無理に肯定して光を当てるのでもなく、かといって「正論」で断罪して終わらせるのでもない。まずは「本当にこの価値観だけが、私にとっての唯一の正解なのだろうか?」と、静かに問いを
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なんで「パンスール」なの? 実は、ある2人の天才に、こっそり背中を押された話。

「パンスール(Penseur)ってどういう意味?」って、よく聞かれます。ちょっと響きが恥ずかしくて、名乗るたびに実は自分でも照れているんです(笑)でもこの名前、ただ響きが好きでつけただけじゃなくて、私の「弱さ」もひっくるめて肯定したくて選んだ名前なんです。今日はちょっと恥ずかしいけれど、私の名前の由来について、話をします。◆ きっかけは、あの「マッチョな彫刻」最初は単純な理由でした。皆さんも知っている、ロダンの『考える人』。あのごつい筋肉で、岩の上に座って「うーん」って深く悩み込んでいる、あの銅像です。私、あの姿が好きなんです。ただ座っているだけじゃなくて、体全体を使って必死に答えを探そうとしているあのエネルギー。「私も、相談者さんと一緒にこうありたいな」と思って、フランス語の『パンスール(考える人)』を名乗ることにしました。でも、名前の由来はそれだけじゃなかったんです。◆ 実は、もう一人の名付け親が…この活動を始めてから知って、「え、そうなの!?」と驚いたのが、17世紀の哲学者・パスカルの言葉でした。実は「パンスール(考える人)」という言葉の生みの親はパスカルで、彼はこんな名言を残しているんです。「人間はひとくきの葦(あし)にすぎない。自然の中で最も弱いものである。だが、それは『考える』葦である。」これ、どういう意味かというと……「人間なんて、川辺に生えている草(葦)みたいに弱くて、風が吹けばポキっと折れちゃう存在だ。でも、『考えること』ができる。 そこにこそ、人間の愛おしさやプライドがあるんだよ」ってことなんです。◆ 「悩んでる私、ちょっと悪くないかも?」このパスカルの言葉
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