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目の前の現実は、すべて自分が創っている? 嫌な人・嫌な状況の本当の意味

「目の前に現れる出来事は、すべて自分が創っている」こんな話を聞くと、正直モヤっとする方も多いと思います。目の前で起きていることが過去の自分の思考や感情の積み重ねで創られているのだとしたら・嫌いな人・しんどい人間関係・望んでいない状況これらも全部、自分が創ったということになる。でも、そんなものは望んでいない、考えてしまうかと思います。自分が創った=わざと望んだではないここで大事なのは、自分が創った = わざと望んだという意味ではない、ということです。人は不安、怖れ、我慢、自分を後回しにする癖、誰かに合わせすぎる生き方、こうした感情や状態を抱えたまま生きていると、それに見合った出来事が現実として表に出てきます。嫌な人が現れるのは自分が嫌な人を呼び寄せたかったからではなく自分を守れなかった本音を飲み込んできた違和感を無視してきたそういう過去の自分の状態が、形を変えて目の前に現れているだけです。自分が創ったという言葉の本当の意味だから自分が創った という言葉は責めるための言葉ではありません。むしろここを見直していいよここがもう限界だよというサインです。人のせいにするということの正体では「あいつのせいでこうなった」という考えはどうなるのでしょうか。この視点で見ると人のせいにするというのは自分の人生に起きていることのハンドルを他人に渡してしまうことになります。確かに相手の言動がきっかけだったかもしれない。でもその状況に入り続けたのはそこに居場所を作ってしまったのは違和感を放置したのは過去の自分です。だからといって自分を責める必要はありません。責任を取るというのは自分を罰することではなくここ
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