変な噂、聞いた?
夕方の光は、二人の影を、さらに長く伸ばした。影が重なりそうで、でも、ぎりぎり触れない。凪は、その距離を意識してしまう。縮めようとも、広げようともしていないのに、ちゃんと“ここ”にいる感じがした。「今日さ」悠真が、前を向いたまま言う。「変な噂、聞いた?」凪の胸が、少しだけ跳ねる。でも、足は止めない。「……うん」「でも、全部じゃないと思ってる」言い切らなかった。それが、今の精一杯だった。悠真は、少し間を置いてから言う。「それでいい」その言葉は、守るでも、否定するでもなく、選択を返す声だった。凪は、息を吸う。——私は、どうしたい?答えは、まだ形にならない。でも、輪郭は見えていた。逃げたくない。誰かの言葉に、決めさせたくない。「ね」凪は、ほんの少しだけ声を強くする。「もし、また何か言われたら」「私、自分で言うと思う」悠真は、驚いたように一度だけ瞬きをして、それから、短くうなずいた。「うん」「それ、聞けてよかった」それだけで、胸の奥が、静かにほどけた。影は、相変わらず並んで伸びている。触れないまま。でも、離れてもいない。凪は思う。——大きな一歩じゃなくていい。——10分の1でいい。今日、ここまで来られたこと。それだけで、十分だった。夕方の光が、二人の背中を、やさしく押していた。夕日が沈みかけて、川面の光が、ゆっくり揺れた。悠真は、手すりに指を置いたまま、何も言わない。でも、その背中は――どこか、迷っているように見えた。凪は、「今は、言葉にしなくていい」そう、自分に言い聞かせる。近くて、遠い。触れられそうで、触れない距離。それでも、同じ夕焼けを見ている、という事実だけが、確かにそこにあった
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