光たちの声 サナトクマラ レディヴィーナス エゴ その奥の神の光
さて、年末のご挨拶に、鞍馬寺〜貴船神社へと行って参りました。今、冬至をこえて以降、集合意識に意識を合わせると、新たな意識へと促すエネルギー、喜びと、その水面下で、変容に対する抵抗が現れている、しかし、その抵抗もその内に流れていく、今は静かに内なる調和に意識を向けて、全ての意識が穏やかに幸せに過ごせます様に、と、お祈りしておりました。自身の内に葛藤が巻き起こる時、それは、自分自身との争いがおこっています。顕在意識、潜在意識、無意識界の自分がバラバラの方向を向いているのです。サナトクマラとレディヴィーナスがメッセージをくれました。サナトクマラのヒューマノイドをはじめて視たときは、余りの美しさに、息をのみました。真っ白に発光した姿で、髪は美しい真っ白のストレートロング、顔はとてもイケメンで、目がとても優しく微笑んでいました。サナトクマラは、『エゴの捉え方を間違えない様に。それら(エゴ)は、味方だから。それらの意識は、それぞれの魂の目的に応じて、自身の内の何処に欲求があり、何処に焦点をあて、見つめたその先に、神の光を思い出す事ができるのかを、教えてくれている。その内なる影の意識との不調和、その影を見透かす様に、触れずに、その奥にある神の光を見つめなさい。本来、神の光を見るのに、痛みも、苦しみも必要ない。軽やかに移行できる。』この様におっしゃっています。エゴは、ただ『私は裏に神の光を隠し持っています。見つけられるかな?』と言っているだけなんだ、と。その欲求がなければ、人は意識を何処に合わせるのかもわからずに、ぼんやり彷徨ってしまう。そして、大切なことは、『触れずに』、『見透す』事です。私
0