「でも、逃げながらでもいいから、俺のそばにいて」
放課後の図書室は、窓から差し込む夕陽でゆっくりと金色に染まり始めていた。机の上には開いたままの参考書。けれど、ページはほとんど進まない。凪は、さっきの出来事をまだうまく飲み込めずにいた。(どうして……あんな風に見つめてくるの?)悠真の嫉妬。あの瞬間ににじんだ感情。嬉しいのに、怖い。怖いのに、離れたくない。胸の奥が、自分でもよくわからない色で揺れていた。向かいに座った悠真は、じっと黙って凪を見ていた。怒っているわけでもない。責めているわけでもない。ただ――“知ろうとしている”。凪の心の中を。「……さっきは悪かった」突然、悠真が口を開いた。「嫉妬したみたいに見えて、 嫌な思いさせたよな」凪は首を振る。「……嫌じゃなかったよ」その一言に、悠真の視線が少し柔らかくなる。「でも、ああいうの…… びっくりするでしょ?」凪は、視線を机に落とした。「……するよ。でも、」小さく息を飲んで、勇気を振り絞る。「誰かに…… “気にされる”ことに、 まだ慣れてないだけ」悠真は静かに凪を見つめた。「……過去のこと、 まだ話せない?」凪の指がピクッと震えた。昨日、悠真の嫉妬の影で、凪は一瞬“触れてほしくない記憶”を抱えていることを悟られてしまった。凪はゆっくりと息を吐く。「話すのが怖いの。 聞かれたら…… 嫌われる気がして」「凪、俺は――」悠真は語気を少し強くして言った。「凪を嫌いになる理由なんてない」凪の胸に、じわっと温かさが広がった。けれど、その温かさが同時に痛みも呼んでしまう。「……悠真は優しいよ。 でも、優しい人ほど…… いつかいなくなるんだよ」その言葉は、凪の過去から零れ落ちたものだった。
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