雑誌編集者の自分が限界を感じた頃
私の雑誌編集者としてのキャリアの終盤は、女性向けファッション誌の副編集長でした。
当時は、各出版社から同じようなファッション雑誌が乱立していた時代。ターゲットは「OL」。
企画会議では毎号のように「着回し特集」「新作ブランドの紹介」「占いページ」が定番メニュー。
まるで企画のテンプレートが存在するかのようでした。
どの雑誌も似たような人気モデルを起用し、同じカメラマン、同じヘアメイク。
「うちの雑誌らしさって何?」と聞かれても、正直、明確な答えはありませんでした。
人気モデルが誰の雑誌に出るかで編集部同士がピリピリする。
その世界の“競争”は、クリエイティブというよりも「取り合い」に近いものでした。
雑誌が偉かった時代当時は、雑誌に「権威」があるように感じていました。
でも今振り返れば、それは雑誌そのものに力があったというよりも、
「雑誌という情報インフラが偉かった」だけのこと。
ネットがまだ成熟していなかった時代、人々はファッションの最新情報を得る手段が限られていました。
だからこそ、雑誌は“唯一の情報源”として成立していたのです。
けれど、インターネットが台頭するとその構図は一気に崩れました。
SNSで誰もが自分の感性を発信できるようになり、
“雑誌の世界観”よりも“自分のリアル”が尊重される時代に変わったのです。
編集部のリアル──キラキラの裏側
女性向けファッション誌の編集部というと、
華やかでおしゃれな人たちが集まり、センスあふれる職場を想像する人が多いと思います。
でも現実は、ギスギスした人間関係の巣でした。
どの雑誌も似たような企画をしているからこそ、
「自分が一
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