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詩織、あなたがいてくれて、よかった。

出張で訪れた街の駅に降り立ったとき、胸の奥がふっとざわめいた。石畳の道、店先から漂う甘い醤油の香り、観光客のはしゃぐ声。──この匂い、この音、この空気。高校二年の修学旅行で過ごした日が、波紋のように広がって私の中へ戻ってくる。あの時の経験が、今の私の仕事の原点になっているなんて、当時の私は夢にも思わなかった。大変で、正直、泣きたくなるほどの出来事だったのに。それでも今では、ただただ感謝でしかない。あの日がなければ、私はきっと、今の私になっていない。高校二年の私は、教室で目立たないほうだった。クラスの中心で笑いをとるタイプでもなく、運動が得意でもない。テストで上位に食い込むわけでもなく、「私は、いてもいなくても同じかもしれない」と心のどこかで思っていた。修学旅行の班分けが決まった日もそうだ。誘われたというより、余ったピースが空いた枠にすべり込むみたいに、なんとなくその班に入った。笑い声の輪の内側に立っていても、心だけが半歩外にいるような、そんな置き去り感を抱えていた。──そして迎えた修学旅行。観光地をいくつか回り、写真を撮って、お土産を見て回り、歩き疲れてベンチに座ったときだった。ふと周りを見渡すと、ひとりがいないことに気付く。美咲。その名前が、私の喉の奥でひっかかる。「え、どこいった?」「さっきまで一緒にいたよね?」笑い声が途切れ、空気が一段暗くなる。集合時間まで、あと三十分。焦りが胸の内側を爪でかく。まずは連絡──。私はスマホを取り出し、LINEで「どこ?」と送る。スタンプも押した。電話もかけた。でも画面に表示されるのは、無機質な「未読」。そして「応答なし」。「やばくない?」
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