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正しい言葉だけじゃ足りない。心を動かすのは“言霊”の温度

最近、ある場面で言葉を受け取る側になったとき、「ああ、人の心ってこういうふうに動くんだな」と深く感じる出来事がありました。相手の言葉は、決して間違っていませんでした。むしろ、とても正論で、未来に向けての希望さえ感じられるような内容でした。それでも、なぜか私の心は軽くならなかったのです。ほんの少し、冷たい風が胸の奥を通り抜けたような感覚だけが残って、「ああ、この人の言葉は、今の私には響かないんだな」と静かに思いました。振り返ってみると、それは否定されたからではありませんでした。私は本来、耳が痛い言葉を聞くのが苦手なタイプではありません。ときには「今はそのときじゃないよ」といった現実的なアドバイスも、自分の成長のために必要なことだと分かっています。それでも、なぜか今回は違ったのです。同じ「今は難しい」という言葉でも、あるときは励ましとして受け取れるのに、あるときは心を閉ざしてしまうその違いは、言葉の温度にあるのだと気づきました。言葉そのものではなく、「その人がどんな気持ちで言ってくれているのか」「どれだけ私の今の心に寄り添おうとしてくれているのか」。それが伝わるとき、たとえ厳しい内容でも、心の奥にすっと届くものです。けれど、そこに冷ややかさを感じてしまった瞬間、どんなに正しい言葉も、なぜか心の表面をすべっていってしまいます。思えば、私たちは日々、さまざまな言葉と出会いながら生きています。家族や友人、職場の人からかけられる言葉、ネットで目にする言葉、そして自分自身に向ける言葉まで。そのどれもが、ただの「情報」ではなく、心と心をつなぐ橋のようなものです。そして橋というのは、正確な設計図
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「続けることは天与の才」不器用でも大丈夫、あなたの歩みは力になる

続けることは天与の才「続けることは天与の才」これは、かつて私がパンを人に教える仕事をしていた頃、上司からかけてもらった言葉です。当時の私は、自分の不器用さにずいぶん悩んでいました。手際よく何でもこなす生徒さんの方が私よりずっと上手にパンを焼けてしまって、内心がっくりしたり、小馬鹿にされているような気がして落ち込んだこともありました。「自分は向いていないのかもしれない」と思ったことも一度や二度ではありません。そんなとき、上司が静かにこう言ったのです。「器用な人は、ある程度できるようになると次に興味が移っていくことが多いんだよ。でも、不器用な人は一筋になれる。不器用さというのは、実は続ける力と一緒にやってくるものなんだ。」この言葉が、ずっと心に残っています。その上司も自称「不器用」でそれを乗り越えるべくものすごく努力と経験値を積んできたそうです。器用な人は、確かに早くコツをつかみ、短期間で結果を出せるかもしれません。でも、その分だけ関心の範囲が広く、他のことにも目が向きやすい。一方、不器用な人は時間がかかります。何度も失敗して、試行錯誤して、遠回りをします。でもその過程で、ひとつのことに向き合い続ける力が自然と育っていくのです。この「続ける力」こそが、天から与えられた本当の才能、天与の才なのだと、私はこの言葉から教わりました。仕事でも趣味でも、「早く結果を出すこと」や「うまくできること」が才能だと思われがちです。でも、最初は不器用でも、歩みを止めずに続けられる人は、やがて誰にも真似できない深みを手に入れます。最初は追い抜かれたように見えても、最後にたどり着く場所が違ってくるのです。
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