少し外に出す、という選択
最近、あらためて感じていることがあります。
こういう場所にいると、どうしても「どう見せるか」とか「どうすれば選ばれるか」に意識が向きがちになります。
それも大切なことではあるのですが、気づくと少しだけ、自分の軸から離れそうになる感覚が出てくることがあります。
そんな中で、やっぱりここなんだな、と感じた時間がありました。
あるご相談者さんが、途中、涙声になりながらも話し続けてくださったこと。
言葉が途切れそうになりながらも、それでも伝えようとしてくださったこと。
その時間に触れながら、こちらも静かに心が揺れるような感覚になることがあります。
その方が過ごしてきた時間や、抱えてきたものに、ほんの少し触れさせてもらっているような感覚です。
ただ同時に、少し引いたところで全体を見ている自分もいます。
今どんな状態なのか。
どんな言葉が、その方にとって負担にならないのか。
寄り添いながらも、崩れすぎないように。
その間の、ちょうどいい場所にいられるように。
そして最後、少しだけ空気が変わる瞬間があります。
ふっと力が抜けたように、やわらかい声になることがあります。
少しだけ呼吸がしやすくなったような、そんな変化です。
そういう時間があるから、思うのです。
見せ方よりも大切なものが、やっぱりあるのだと。
話しているうちに、涙が出てしまうこともあります。
でも、それは無理に止めなくていいものだと思っています。
もし今、頭の中がうまくまとまらない状態であっても、
きれいに話そうとしなくて大丈夫です。
言葉が途切れても、順番がバラバラでも、
出てくるところからで十分です。
ひとりで考え続けている
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