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「自分と異なる人を受け入れる社会の実現」大分大学福祉健康科学前期2019年

(1)問題①    大学の合格発表の日のことです。②    私の父は日本経済新聞社の正社員、母親は小学校教員でした。障害のある兄がいましたが、我が家が経済的に困ることはありませんでした。③    母親は学校教員というだけあって、教え方がうまかったのだと思います。私は気がつけば「勉強のできる子」でした。④    中学校に入ってからは、個室も与えてもらいました。⑤    勉強したいときは、誰にも邪魔されずに勉強できる環境がありました。⑥    中学校二年生からは塾にも行きました。友だちが行き始めたから自分も行きたい,と言ったら行かせてもらえました。塾代は結構な金額だったと思いますが、親が全部出してくれました。⑦    公立高校に進もうと思っていましたが、塾の先生に薦められて私立武蔵高校を受験し、合格しました。その高校の学費は当時でも年間五十万円以上していたと思いますが、それも親に全部出してもらいました。⑧    その高校は三分の一以上が東京大学に進む学校で、いい友人にも恵まれて、たくさんの刺激を受けました。私は勉強ができるほうではありませんでしたが、一年浪人して東大に合格しました。⑨    合格発表の日,自分の番号が掲示板にあるのを見つけたとき、私は上記のような環境で育つことができたから,自分は東大に入れたんだな、とは一切思いませんでした。⑩    むしろ、「よくがんばったな」「いろいろ誘惑もあったけど、耐えたもんな」と、原因のすべてを自分の努力に帰していました。⑪    たしかに、私なりの努力はしました。しかし世の中には、私と同じ努力をしても同じ結果に到達できない人はいます。⑫ 
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