AIを使わない時間を創り豊かに過ごす
時間をとって考える価値が生まれるAIって速いですよね。すぐ思考して、というか速すぎるくらいで。当然感じている人もいると思いますが、そんなに速くなくていいよなということを最近感じます。それこそ、もっと遅くていいのでゆっくりと。でもこのゆっくり1年かけてやるとかって、まだまだAIは苦手だし、というかAIにそれを求める人はあまりいないのかもです。ですが、インターネットもスローというところでもいいなと思えるので、もっと遅くていいかなと。技術でオラオラやる場合はそういう速さだ、新機能だというのは大事ですが、若干冷めつつもあると。時間をとって考える。それこそ人と会って話す価値ってやはりあるんですけど、それが贅沢なんですよね。だからこそ、それやるならそれなりに無駄というか、ゆとりというか、遊ぶというか時間を楽しめるところにあると。速いAIならぬ、遅いAI。強いロボットでなく、弱いロボット。くらいがいいかもなとふと思ったんですね。相対的にゆっくりが贅沢にゆっくりやるというのは単に速くなれない、速くできないということではないということです。速さが価値だと、価格の値下げ競争よろしく、どこまで値を下げられるのかと。最終的には無理な値段になって、ライバルも死んで、誰も喜ばないんですよね。でもそういう愚かなことをやりそうなのも人間ですから、なかなか笑えないです。自分も含めて。遅くあろうとか、遅くていいんだ、というところです。それもまだ速さを意識しているわけですよ。遅さって言葉が。ゆっくり自体が。だから、軸をずらすしかない。贅沢というのも、色々あるので、「ゆっくり考える」こと自体が1日の中にどれだけあるか
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