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すいません、オレオ風フラペチーノ1つください。

合コンでモテる女性はスタバに一人で行く。モテる女性は一人でスタバに行く・・・・。略して「ひとスタ」。なるほどそうかもしれません・・・・が、そうではないかもしれません。みんながみんなモテそうかというと、はたしてどうなのでしょうか。コーヒー片手に真剣な表情でノートPCに向かっている姿というのは、なるほどカッコイイですよね。ドラマで言うと、篠原涼子あたりが演じるデキるOLという感じです。確かにモテそうです。でも、そうではなく、サンドイッチやベーグルの類いを黙々と食べている姿も考えられます。牛丼屋やラーメン屋に一人で入れない。ここならなんとなくカッコつくという理由でスタバ、という人もいるはずです。スタバに一人でいる女性を観察してみると面白いかもしれませんね。
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【74】「喧嘩するほど仲が良いって、そうだと思いますか?」

「喧嘩するほど仲が良いって、そうだと思いますか?」あぁ・・うん・・「どう思いますか?」ん~~、そういう次元の解釈もあるとしか答えられないです。「そういう次元・・・そうじゃない次元があるんですか?」私からしてみると、思いやるほど仲が良いなんです。「は」喧嘩するほどって、喧嘩ができるほど、喧嘩をずっと沢山していたとしても仲が良いという解釈で、それは、それでも離れない、仲直りもしているという含みがあるんです。「はい。そうですね。」うん。でも、喧嘩ばかりしていたら、普通はお互いが嫌いになって離れるというのが普通の流れなんです。「(笑)そうですよね(笑)。○○○の○がそれ言ってて、仲良かったら喧嘩なんてしないだろ!って、私もたしかに!って思ったんです。」それは解釈の次元のズレです。「は?」究極的に仲が良ければ喧嘩なんてしない。その通りです。「はい。」でもそんな人はまずいないんです。「・・うん。」聞いたことあります?夫婦でも友達でも彼氏彼女でも兄弟姉妹でも親子でも、一切、全く喧嘩もしたこともなくて、且つ、ずっと仲が良い人なんて。「・・・ないです。」なので、解釈の次元が究極的すぎて極論すぎて、一般論からズレすぎているので、私には屁理屈に感じてしまいます。「・・・」意見の相違があっても、どちらかが自己中で喧嘩になっても、離れない、最終的にはどちらかが謝ったり、どちらも謝らずに、また喧嘩をして、それでも離れずに、どこかのタイミングで、若しくは、何かご機嫌取りをしたり、時間が解決をして仲直りをする。そしてまた喧嘩をする。この次元のほうが一般的な流れになるんです。「・・うん・・」片や、私の言っている
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