シラーの「歓喜の歌」⑫×フリーメーソン
初見の方はコチラから順繰りに読んでね↓
というわけで、シラーの「歓喜の歌」第九節まで、今の段階の自分なりの解釈をしてきました。
本式・正統派の解釈とは違うので、腹立たしい思いをする方もいらっしゃるかと思いますが、もともとこのブログを読んでいる人は少数なので・・・だからいいってわけじゃないけど、、、ねぇ?(笑)
解釈は人それぞれですから、一つの可能性として、こういう解釈もできるのではないか、と提示しているだけです。気にしないでください。
正統ドイツ語やドイツ文学の専門家、本物の翻訳家、音楽関係、詩人・・・シラーとかドイツ思想、フリーメーソン関係の人とかだったら、きっともっとすっきりと上手に分かりやすく訳してくれるはずです!
っていうか、むしろ謎言語をちゃんときちんと一つ一つ解説するとか、見解を示して欲しい・・・。
じゃないと、ただの意味の分からない文字の羅列になってしまう。
詩ですから、ある程度世界観の立体化ができるようになっているはずなんです。
謎言語について、翻訳する人がある程度はビジョンを提示してくれないと鑑賞なんてできません。外国語の作品なんですから。いくら「解釈による」と言ったって、限度があるでしょう。
このシラーの「歓喜の歌」に関しては、暗号になっている。その暗号は、違和感の元を探れば分かるようになっている。気づけばなんのことはない、非常に簡易なものである(私は気づくのに三年かかったが・・・)
分からないなら「分かんないにゃ、ごめんにゃ」って言っとけ。
じゃないと読んだ人が混乱するだけです。
(=だから、私の解釈が大幅に間違っていても文句言うな、この野郎。それより今ま
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