漢文の訓読否定論の問題点
漢文(=中国古文・中国文語文)を読解する際、「返り点」と称される語順を示す記号を伴って独特の調子で訳す(原則として文語文法を用いる)所謂「訓読」という(その文体を「書き下し」とか「読み下し」という)手法がある。
この訓読なるものは、外国語である漢文の読解法としてよくないという意見が江戸時代から存在し、近現代においても同様の議論が繰り返されている(注1)。
訓読反対派の主張の根幹は、返り点の有無に関係なく(テキストに返り点があるものと頭で想定して)日本語の語順で漢文を読むこと自体がよくないとするものであろう。現代では江戸時代の儒者の見解を知ってか知らずかは分からないが、高校教育における漢文の授業法の一環として、返り点に頼って文章を構成している漢字を上下に辿って読み進めていく方法が、外国語の古典の学習方法として邪道だと指摘される場合がある。
他方、現代において訓読の利点を述べている中国古典学の専門家の一人として加地伸行氏が存在する(注2)ので詳しくはそちらに譲る。基本的に加地氏の意見に賛成だが、最近は中国古典学の専門家でも訓読能力が低下しているといった話を耳にしたことがあり、それが事実なら問題である。
訓読法に否定的な専門家は恐らく中国語の天才なのであろう。しかし、訓読を否定するということは、加地氏も述べているようにまず現代中国語に精通してから古文(日本人の言うところの漢文)を中国語として読解するということに他ならない。もし、高校の授業において、必修にするかどうかは別にして漢文の授業を廃止しないとすれば、それまでに中国語の授業を何らかの形で開講し、それの履修者のみが漢文の
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