自分の考えがあるとは?
北村敦「本を読まずに自分の考えがあるというのは、 僕は不遜に過ぎると思う。 ソクラテスやアリストテレスみたいな 大哲学者なら、許されるかも知れません。 自分で考えているようで、 実は読書して、 出来上がった自分が考えるのであって、 何も読まずにいい考えを生むなんて 無理があります」 全国出版協会会長 浅野純次 私は、算数・数学が昔からとても苦手でした。 未だに覚えているのですが、 「周囲が3㎞の池の周りを、 お兄さんと弟が同じ場所から 反対方向に歩きました。 お兄さんは分速80m、 弟は分速70mで歩きました。 二人は何分後に出会うでしょうか」 という問題を学習塾で出されました。 塾の先生は問題を黒板に書くなり、 30分腕を組んで座り、 私をじっと見つめたまま動かなかったのです。 でも、いくら問題を解こうと思っても、 何をどうしたらいいのかわからず、 当時の私は、考えているようなそぶりをして、 じっと耐えることしかできませんでした。 つまりここで私が言いたいのは、 「考えろ」と言われても、 「何を」「どう」考えたらいいのか、それがわからなくては、何もできないということなのです。 その時から私は、「考える」ということに 苦手意識を持ってしまいました。 その後、同じような場面をもう一度 経験することになりました。 それは、大学二年生の時のことでした。 教授から、哲学の課題レポートを出されました。 当時の私はバイト、バイトで忙しくて、とてもじゃないけど分厚い哲学書を読んでいる場合では なかったのです。 それで、本屋
0