絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

5 件中 1 - 5 件表示
カバー画像

実は自分のクセだった“イライラの正体”

以前の私、「この人ほんと無理」センサーが高性能すぎて、ピコンピコン反応してました。その中でも、特にハイレベルだったのが、ご近所ママ。いつも笑顔だけど、やたらマウントが高くて、「え〜◯◯ちゃんまだオムツなの?うちは1歳で卒業してた〜」とか、「うちの主人ってほんと子育て協力的」とか。心の中でイライラ反論スピーチを披露してました。ある日、急に気づいてしまったんです。その日も「うち、毎週家族でお出かけしてるの♪」と満面の笑顔で言われ、「わー素敵ですねー」と笑顔の仮面を貼り付けながら帰宅したわけです。で、家でひとりツッコミ炸裂タイムをしながらふと目に入ったのが洗濯機の中でグルグル回る、旦那の靴下。……ん?なんで私、こんなにイライラしてるんだっけ?冷静になって考えてみたんです。あのママの発言、確かにマウントっぽいけど、もしかして、私が「私だって頑張ってるのに!」って思ってるから、余計に腹が立ってるのでは…?思い込みって、めっちゃ主観のかたまり。実はあのママ、後から聞いたら、実家が遠くてワンオペ気味らしく、家族時間を「無理してでも」作ってるってことが判明。「え、じゃあ“うちは毎週お出かけ〜”って、むしろ頑張ってるアピールだったの!?」私、めちゃくちゃ自分のフィルター越しに見てたやん…。あの一言を「私を見下してる発言」に変換してたの、完全に私の脳内変換ミスだったってわけです。フィルターを外したら、世界はちょっと笑えてきたんです。人って、無意識に“自分の感じ方”で物事を解釈してるもんですよね。でも、ちょっと立ち止まってみると、「あれ?今の、別に悪気なかったかも?」とか、「この人、実は私と似たとこ
0
カバー画像

視点と色眼鏡──“当たり前”をいったん透明にしてみる

① はじめに──色眼鏡は誰にでもある   私たちは経験・立場・価値観という“色素”で染まったレンズを通して世界を見ています。  色眼鏡そのものは悪者ではなく、 自分を守り、判断を早める便利なフィルター。  ただし、その色が濃すぎると視野が狭まり、せっかくのチャンスや学びを見落としてしまう。  「色を透明に近づける=バイアスを自覚し、必要に応じて外す」方法を考えてみます。 ② 私の色眼鏡──看護師歴25年+AIデザイナーの視点 自分の色眼鏡とその “色素”がある。 とあるやりとりで気付きました。 行動や発言の根底には価値観や経験がある。 ・看護師としての安全第一思考 リスク回避が最優先になる。「挑戦」より「慎重さ」を選びがち。 行動する時に、「失敗しても学び」と言う仲間の姿勢に驚いたことを覚えています。 ・“今を大切に” という哲学  長期投資より“いますぐ役立つ行動”を優先しやすい。 先を見据えて行動する経営者を見てこちらも衝撃的だった。 ポイント 色は「強み」と表裏一体。 透明にする目的は“無色”になることではなく、 必要に応じて濃淡を調整できる柔軟性を持つこと。 ③ 色を透明に近づける3つのアプローチ  メタ認知ジャーナル  その日の判断や感情を書き出し、なぜそう感じたか を深掘り。 “Because” を3回繰り返すと核心の色素に届きやすい。  異分野シャッフル  あえて遠い領域(アート×看護、旅行×AI など)の記事や人と触れる。 違和感は色眼鏡が反応しているサイン。  フィードバックループ  信頼できる他者に「あなたにはどう見える?」と尋ねる。 自分では透明だと思って
0
カバー画像

みげか3タイプ診断、色眼鏡による「3タイプの興味」と見える範囲

幼稚園、保育園、学童で一度は見たことがある「色眼鏡」を語る。過去再現性で、論理的に「天才、秀才、凡人」の愛称を描いた作家、北野唯我さん。今と幸福感と、エレベーターの呼吸で「大阪のただのおかん」から年収1000万を超えた凄い人、ネドじゅんさん。6年前に直感にオールインして、売れてなくても未来のために託宣をアウトプットし続ける、すきづきん。3人は同じ「直感という1つの意識から降ってきている情報を受信している」。違いは、どこに情熱があるかであり、何に興味を持たないか、である。まず断言できるのは「俺は感情や孤独感よりも情熱と未知」だ。逆にネドじゅんさんの「今の呼吸と自意識」を意識してやってしまうと、本来の「未知と既知の振り分け」ができなくなり、恐らく直感の制度が落ちる。同じ様に、自分が提唱する「良い睡眠」「受信した直感の外から内から選別」「アウトプットと答え合わせで精度向上」というプロセスを、ネドじゅんさんや北野唯我さんにやってもらうと、お二人の直感や本の結果が悪化するだろう。俺の「未知を既知にする情熱」というのは、お二人には拒否反応があるし、本人がソレを無理にやろうとしても情熱エンジンはかからない。何故なら、ネトじゅんさんは「未知は誰にも共感されていないから」であり、北野唯我さんは「根拠がないあなたの感想」だからである。これが丸々、未来創造因子がほぼ1で、今まで育てず栄養を与えなかったからである。これがもし、北野唯我さんやネドじゅんさんが「未来創造を受信しやすい訓練」や成功体験を幼少期から続けてきたら変わっていたと思う。それは俺も同じで、ネドじゅんさんの呼吸と北野唯我さんの分析しそう
0
カバー画像

性格が悪い人の見抜き方

 性格の悪い人の見抜き方というテーマを挙げてみましたが、そもそも性格の悪い人とはどんな人なのでしょうか?  そして、「性格の悪さ」とは何を以って悪いと判断できるでしょうか?  その「性格の悪い」という部分について、これは自分が何を「悪い」と思うかが判断の基準となります。  例えば、私がカウンセリングについて大勢の人の前で講演をしたとしましょう。ところが何人かの人は居眠りをしており、私の話を全く聞いてないとします。  そうすると、私は「なんだ、せっかく依頼されて講演に来たのに、話聞いてないじゃないか」と思うかもしれません。 こう思ったら、この居眠りをしている人たちは、私の基準の中で「性格の悪い人」とジャッジされます。  しかし、講演後に居眠りをしていた人から「いや~素晴らしい講演でした!ぜひ今度はわが社にも来て講演してくださいね。講演料は〇十万円出しますから!」なんて言われると、「なんだ、ちゃんと聞いていたのね、しかも講演料を弾んでくれるなんて、なんと太っ腹な人だろう」と、さっきまで「性格が悪い」部類に入っていたのに、たちまち「性格が良い人」に変わります。  この性格が悪い人というのは、結局のところ、すべて自分の都合が判断基準になっているわけです。  そして、その基準というのも、その場の環境や状況によってコロコロと変わってしまったりもします。  あなたは、どんな自分の色眼鏡でこの景色を見ていますか?何を基準に判断していますか?  「あの人は性格が悪い!」と決めつける前に、自分の都合で判断していないか振り返ってみましょう。
0
カバー画像

落ちると上がる

こんな風に書きたいな~が今は湧いてきますが、自分もそれを表現することで自身を知ることに繋がっています。昔は「役にたたなきゃ」と力む自分がいましたが今はいないのですよね・・・この可愛いなあと感じる鳥のように私たちも”頑張らなきゃ”な自分がいなくても(いや・・・居ない方がいいといっていいかな)そのままの本来のエネルギーを遮らず出してあげれる循環できるのです(^_-)-☆昨日書いた記事を読み返してふと湧いてきたのが落ちると上がるには良い悪いは無いということ。どうしても私たちは生きてきた”世間”の見方という色眼鏡かけていますので落ちるは悪いこと、上がるは良いことと反射的に捉えちゃってることが多いんじゃないかなと思います。ただ”落ちる” ただ”上がる”そこになんの解釈もつけず見るということが”あるがまま”ということ。昨日の落ちるは、世間や物質的な見方の3次元的な領域。上がるは魂意識、神意識といわれるような純粋な意識の領域へ向かうという感じです。恋すると、相手を自分の所有物にしたい、自分のものにしたい私だけを見てほしい、そんな執着やコントロールの制限の中に陥ってしまいますよね。形に縛られる関係性。それは悪いことではないですよ。ただの”体験”です。愛は上げるは、その3次元の領域から解放され意識が広がり視点も高くなっていくということの中での育みです。また視点のお話ものちに書こうと思いますが、視点が変化してくると人としての視点、分離した視点から見えるもの全てが私だと広がる視点へと変化していきます。ですから、愛する人の見えるものも全て私なんだなと大切に感じるようになるのです。不思議なんですけど・・
0
5 件中 1 - 5