支援者が支援を受ける意義
現在0歳4か月の息子を連れて、市で実施している“産後ケア事業”を利用し、半日(6時間)助産院に行ってきました。普段、保健師として支援する側にいる人間なので、逆に支援してもらうというのは貴重な経験です。本来であれば、私のような育児経験のある母親より、もっとより深刻に育児が大変な人や辛い状況にある人に利用してもらうのが、市としての産後ケアの目的や役割なのかもしれませんが、私は勉強も兼ねて利用させてもらいました。もちろん、助産師さんに子どもを見ていただいている間に、私自身が個室のベッドで横になって休んだり、お風呂でゆっくり湯船に浸からせてもらったりと自分の時間をいただけるので、普段の気づかぬ育児疲れが随分と軽くなっており、本来の利用目的に適っている面もあります。ただ、支援者として、逆に支援されるという経験は、とても貴重だと考えています。自分の支援の在り方に慢心することのないように勉強したい、という思いもありますし、同業とは言え違う立場である助産師さんのお話や技術、心地良い距離感などは、大変参考になります。そして何より、支援する立場の人が疲れてしまっていては仕事になりませんから、一つ前のブログにも書いた通り、気分転換の時間や癒しの時間は、積極的に作っていきたいと考えており、今回の利用で随分リフレッシュすることができて良かったなと思います。人は優しくされることで、優しくなれます。優しくなれるというよりも、誰かに優しくされて心に余白が出来ることで、本来自分が持っている優しさが引き出されるということなのかもしれません。コロナ禍でストレスも多い昨今ではありますが、世の中がギスギスしたものになら
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