専門用語で語れる=実力ではない

専門用語で語れる=実力ではない

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知っていることと、できること


私たちは、自分の知らない言葉や理論に出会った時、それだけで何かとても深いものへ触れたように感じることがあります。


聞いたことのない専門用語や複雑な理論体系を目の前にすると、「こんなことまで知っているのか」と、その人の知識だけではなく、実力まで大きく見えることがあるのでしょう。



反対に、自分がすでに知っている言葉が出てくると、「それなら知っている」と途端に価値を小さく見積もってしまうことがあります。



けれど、私はこの感覚を不可思議に感じます。


知らないことを知っているから凄いのでしょうか。そして、自分が知っていることを語っているから、その人がやっていることは大したことがないのでしょうか。


知識として知っていることとそれを実際に扱えることはイコールではなく、想像している以上に大きな隔たりがあります。


どれほど多くの専門用語を知っていても、それだけで目の前にあるものを扱えるようになるわけではありません。理論を説明できることと、必要な場面でそれを使い、自分の力として働かせることは同じではないのです。



知識は大切ですし、理論体系にも意味があります。私自身もこれまで多くのものを学び、自分の中へ積み重ねてきました。


ただ、知らない知識や用語を次々と並べ、「こんなことまで知っている」と見せることはしません。

それによって自分自身を大きく見せ続けなければならないお飾りの知識は必要ありません。

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本当に何かを扱える人は、自分の持っているものをすべて説明する必要もないのでしょう。


どこまで知っていて、クライアントへ何が提供できるのかそのすべてを見せなくても、必要な時に必要なものを取り出して使うことができる。自分の力を証明するために、手の内をすべて差し出す必要もありません。



自らの底を安易に見せないことも実力のうちです。



自分が積み重ねてきたものを誰かに理解してもらうために、そのすべてを差し出す必要がないということです。


必要なものは必要な時に使えばいい。それ以外は、自分の中にあればそれでいい。


私が術式後のフィードバックで伝えることも、すごくシンプルです。


専門用語や理論体系を並べて知識を披露することより、その方へ実際に意識を合わせた時に何が視えたのかを明確にし、現在の悩みとの因果関係や、術式によってそれがどう動いたのかをその方自身へ伝えることの方が遥かに大切です。


すべてを語らずとも、必要な瞬間には確かにそれを扱える。


言葉だけでは見えないところに、その人の深さは滲み出るものなのでしょう。



知っていることと、できることは全く違う。



そして、いつだって物事の本質をまっすぐ射抜くものは思っているよりもずっとシンプルなのです。


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