今TVドラマで総合診療の話をやっています。見ている方も多いのではないでしょうか。その中で「心はどこにあるのか?」というセリフがとても気になり考えてみました。
心臓は「心」という字も持ちますが、どう考えてもポンプの役割しかない。嬉しいことがあったり、興奮するようなことがあった時に、その動きが早くなりますが、それは結果として早くするスイッチが入っただけであり、心臓そのものが喜んでいるとか、悲しいということではないように思います。
では脳でしょうか?脳は体が得た情報を取り込んで整理している図書館やパソコンのようなものだと思っています。目に映った赤い物体をとらえて「これはバラの花である」またウナギの匂いがしてきたら「これは過去に食べたウナギの匂いで美味しかった記憶がある」という情報を持っているだけです。図書館の本の文字や情報そのものに喜びや悲しみはありません。ですので心のありかは脳でもなさそうです。
では、心はどこにあるのでしょうか?
エイブラハムやバシャール、また多くの引き寄せやスピリチュアルの世界で聞こえてくる「エゴ」「顕在意識」は脳の情報を元に考えている事のように思います。なのでどれだけ幸せになりたいと願っていても「これまでの経験から私に素敵な人生など起きるはずがない」というような結論になってしまいます。
彼らが推奨している本当の自分、他人の刺激を受けていない意志や本音、そして潜在意識、魂と名付けられているもの。それが「心」なのかもしれません。
それは、これまで脳という図書館に貯蔵した情報がどのような内容であっても、心を軽やかに持ったり、幸せを感じて生きることは、心が脳や心臓とは関係なく、独立している存在であると意識すれば、幸せを感じることは難しくないのではないか?と思うのです。
この体の現状や、これまでの人生の状況、経験がいかなるものであっても、今の私を幸せに感じる心があってもいい。
この「心」と「経験&現状」を切り離すことができると、周りの刺激に影響されず、自分の不幸を嘆くことなく、未来を不安に思うことなく過ごせるのではないかと思います。
結局「心がどこにあるのか」はわからないのですが、私の体の中のどこかにあり、思考の中にあり、感覚の中にあるのは確かなのですが、それは同じ意味で体の中のどこにもなく、どの体の器官からも独立して影響を受けていないのです。
反対に、心がどう思っているのかによって、体は影響を受けます。心臓は早くなったり遅くなったり、それによって血圧が上がったり下がったり、お腹が痛くなったり、病気になったりします。
癌があったが、お笑いのビデオを見まくったら消えたというような話をたまに聞きますが、そういう事例があるとすれば、それは「心」が先に幸せになり、完治している自分をイメージできたからなのでしょう。
今のあなたの現状に関係なく、幸せの先取りを心からスタートしませんか?きっと人生は大きく変化していくと思います。