何かを決断・決定するに際して、
「誰かに相談する」
「誰かからアドバイスを貰う」
「関係する情報を集める」
といった行動を取ることは自然だと思います。
でも、それら全てに従う必要もないし、
それらを信じて疑わないことは逆に自分にとって良い結果を生まないと私は今までの経験から感じています。
適性や価値観それぞれ違いますし、個々の経験や体験から持つ偏見や嫌悪なども千差万別・十人十色ですよね。
例えば仕事に関するアドバイスを貰うことで考えてみても、その仕事で辛い経験を持つ人からはその人物が中庸な考えをしっかりと持つ場合でない限りポジティブなアドバイスは得られないからです。
親しい仲であればあるほど、辛いことを体験させたくないといった感情もあるでしょうし、その仕事や会社への個人的な恨みや怒りなどの感情も根強くある場合もあります。
一般的に自分が辛い経験や体験をした場合には、そういった仕事や会社を勧めることはまずありえませんよね。
でも、その会社や仕事を選んだとしても、アドバイスをくれた人と全く同じ状況になるとは限らないと私は思います。
アドバイスからはそういったことがあった事実やそういったことがあるかもしれないと予想ができるのでさらに慎重になれるし危険やリスクを回避できるという利点があると捉えることにはとても役立つとは思います。
最終的に決断するのは『自分』でなければ、困難にぶつかった時に乗り越えたり解決するエネルギーや気力が向けられにくくなり、後悔の念に苛まれ続けて八方塞になってしまうこともありますよね・・
自分で決めたことにはエネルギーが向けられ注がれるし、困難に対するアイディアや方法を様々な形で受け取り乗り越えることができるのではないかと思います。
【○○に反対されたからやめる・できない】
【○○の資格や能力がないと無理とネットにあるので挑戦できない】
こういった理由だけで諦めたり決断しないことは本当に勿体無いことだと思います。
何かをやりたいと願うことには、現世でそのことを経験・体験するべきだと強く直感していることでもあるからです。
数年前から私は本当にやりたいことがあれば、誰にも相談せずに実行するようになりました。
相談すれば反対されたり心配されたりすることが明らかですし、それによって心が揺らいだり、争いになったりして自分がやりたいことが遂行できない場合もあるからです。
それが正しいかどうかはわからないですし、自分勝手な生き方に見えるかもしれませんが後悔することは全くなくなりました。
困難にぶつかったり、乗り越えなければならな問題が発生したとしても、過去に戻ってやり直したいとか自分の決断を悔いたりは全くないです。
その状況を改善すべくさらにエネルギーや気力がわいてくるようになりました。
誰かに相談したい人は自分の行動や決断に責任を持つことが怖い場合もあるのではないかと思います。
若い頃、私はまさにそうでした。
決断したことが上手くいかなかったときに、それは自分の決断ではなかったから仕方が無いと理由付けして自分を納得させるようなことをしていましたし、精神的に落ち込み続けたりして乗り越えるのではなく逃げて守られることを選んでいたと思います。
人間は1人では生きていけませんから、助け助けられる関係はとても大切です。
相談したり相談されたりすることも助け助けられる関係ですし、一人で悩みを抱え続けることは良くないことでもあります。
私は仕事柄もありますが相談を受けること、話を聞くことがとても多いです。
それで少しでも役に立てるならとても嬉しいと思っています。
その中でも私は自分の人生に責任を持つのは他の誰でもない【自分】だけであるということは忘れてはいけないと常に思っていますし、それを伝え続けていきたいと思っています。