ここでは「ワンドヒーリング」について考えます。
まず「ワンドヒーリング」を考えるときは「ワンド」と「ヒーリング」に分けることから始めます。
さて「ワンドとは何か?」です。
「ワンド」それは形状では「棒」である。
ワンドは、「木・金属・粘土・石などの素材でできているもの」とします。
次に、ここでの「ヒーリング」の定義をだします。
「ヒーリング」とは「治癒」「癒し」に通じる「行為」とします。
そして定義を組み立てるとこのようになります。
「ワンドヒーリング」=「木・金属・粘土・石などの素材を使った、棒状の形ものを、かざしたり回したりして、人の精神や肉体の治癒を行うこと」という定義をたてます。
また、この定義はここだけの定義です。
場所が違い、人が違い、行為が違うところで「ワンドヒーリング」にまつわる話があったとしても、ここの話と違う印象で語られるかもしれません。
ある人は「ワンドヒーリング」について、以下のような定義をたてるかもしれません。
「ワンドから何かのエネルギーが出てきて人にヒーリング作用が起こる」
この言葉は「何かの知識がある人間」には「肯定的に受け止められるかもしれない」です。
しかし「何の知識の無い人間」には「否定的に受け止められる」とも考えられます。
「何かの知識があり、肯定的に受け止める人間」はこう解釈するかもしれません。
「あ、そうなのですね。木には癒し効果があると聞いてます。つまり、木のワンドをかざしたり、回したりすれば身体が癒されるのですね」と。
しかし、何の知識もない人間からすると「ワンドから何かのエネルギーが出てきて人にヒーリング作用が起こる」と言えば「え?疑わしい」と思えるかもしれません。
「木からエネルギーのビームみたいなものが出てきて、人の身体を癒してくれる…なんていう都合の良い話があるはずがない」というような印象になるかもしれません。
何の知識もない人からすると「ワンドヒーリング」という言葉を聞いただけで胡散臭く感じるかもしれません。
実は「ワンドヒーリングは関わる人間によって、あったりなかったりする」ので説明が難しいものなのです。
また「強力に作用することもありますし微細な作用にとどまる」ということもあります。
「人によって、作用の強さが異なる」のです。
さらに言えば「微細な作用のほうが悪くて、強力な作用のほう良い」ともいえません。
どういうことかというと治療においては「薬(強力な作用)より、サプリメント(微細な作用)のほうがバランスがとれていることもありますし、サプリメント(微細な作用)より薬(強力な作用)を求める時もある」のです。
エネルギーは「量が多いほうがいい」とか「力が強いほうがいい」というわけでもないのです。
問題はむしろ「バランス」です。
魔術的な話の特徴として「何が良くて何が悪いか」とか「何が存在し、何が存在していないか」を明確に説明することが難しいのです。
「何が存在し、何が存在していないか」を明確に説明することが難しいのですが、それでもここでは「ワンドヒーリングというものが存在する」ということの説明をするのです。
説明をするからには「説得力」がなければわかってもらえません。
まず「説得力のない話」から考えてみます。
「説得力がない話」は「バランスが悪い」という特徴があります。
例えば「ワンドが人間に対して都合よく癒してくれる」というような意識構成で物事を考えると「ややズルい人都合に偏っている」ということになります。こういう発想は「全ての人に対して理解をもたらすほどの説得力がない」ともいえます。
「強力なエネルギーが、自分の都合の良い方向に、即、効果を出す」というような解釈がとれるというような話の構成自体が、胡散臭そうともいえます。
では「文章の構成」を変更し「文章の印象」を変えてみます。
「文章の構成」「文章の印象」を変えるということは「意識の構成」「意識の印象」を変えることです。
・「ワンド(樹木・石・土・金属)には何らかのエネルギーのようなものを含んでいる。
そのエネルギーは微細で感じ取りにくいものであるが、微細であってもエネルギーを含むものである。
ワンドは物質的エネルギーを含む為、微細であれども、人体、精神、心に対して、なんらかの作用や影響を与え得ると考えらえる。
・ワンドヒーリングは自分自身に行う「セルフヒーリング」と「術者と受け手の2人で行うもの」と2パターンある。
「術者と受け手の2人で行うもの」については「術者のエネルギーをワンドを使って流す」という「混ざった力と混ざった効果のことを指す」と考えられる。
場合によっては「ワンドの力より、術者の力のほうが大きい」という事も考えられる。
「速効性があり、多大なエネルギーを感じるワンドヒーリングを受けた」という人もいるかもしれない。
もしかすると、それは術者のエネルギーが強いとも考えられるため「ワンドがそのようなヒーリングをもたらせた」という単純な解釈は難しいとされる。
私の解釈では「どの石が強力な作用を及ぼすか」とか「どの樹木がどんな効果をもたらすか」というような答えを出しません。
石も土地によってエネルギー構造が違いますし、樹木も品種によってかなり構造が異なります。
答えを出すのは難しいのです。
なにせ「自分の身体でさえ、どうなっているのか判断が難しい」ものです。
症状の判断が難しいのに、効果の対策をとるという事自体が考えられにくいものです。
ただ、物質が存在するということは「微細なエネルギーが存在している」という解釈をとります。
「微細であってもエネルギーを含む」ということを評価し「エネルギーを含むものは何かの作用をもたらす」という意味にスポットを当てます。
私の考えるヒーリングの目的は「今の状態よりバランスの取れた状態に引き上げる」ことです。
「バランスの取れた状態に引き上げるには、一旦、今、固まっていて緊張しているバランスを小さく崩す」という作用を最初に働かせます。
「今、固まっていて緊張しているバランスを小さく崩す」ために用いるのが「ワンド」です。
ここでは「身体に作用するワンドヒーリング」と「心に作用するワンドヒーリング」について考えてみましょう。
まず、その人の現実は、その人の心が作り出しているともいえ「心」についてはないがしろにできないというのが私の考えです。
そして「心」だけではなく「身体」を安定させることで「現実」も安定するという考えを持っています。
ワンドに関しましてはいろんなヒーラーさんが理論を展開しています。
患部にワンドの尖ったところを持っていき「右回りで回してエネルギーをチャージする」とか、ワンドを身体と並行にして、ワンドの横面を使ってオーラの状態を整えるとか。
身体で悪い部分はエネルギーを入れるのではなく、エネルギーを抜く。
その場合、ワンドの持ち手側の尖っていない部分を使い、左回りでエネルギーを抜くとかです。
しかし、これらの理論は「ヒーラーさんが変わればやり方も変わる」ということもあります。
勉強をしていると、ある時、理論の矛盾にぶつかります。
「あのヒーラーさんの理論からすると、右回りなのに、他のヒーラーさんの理論からすると左回りになっている。答えが違うのでどっちを信じたらいいのかわからない」というようになります。
私はその件に関しては「何が正しくて、何が間違っている」という話はしません。
正しいも間違っているも、良いも悪いも、有るも無いも、その人の記憶の固さや、その人の知識の方向性に左右されるからです。
私は「いろんな知識やあらゆる理論を参考にしつつ」そして「自分が少しずつ試してみる」という方法を推奨します。
例えば「疲れたな」と思った時、疲れに効く経絡を調べてみる。
そして「ツボ」と思える箇所にワンドの先端をあててみる。
その触感に神経を集中させ「その方法が自分に合っているのか」「その場所が自分に合っているのか」を考えてみるといいのではと思います。
ある時は、樹木のワンドで。
ある時は、金属のワンドで。
ある時は、石のワンドで。
ワンドの先端でツボ押しをしたり、患部に向けて回してみたり、自分の身体のラインに沿ってオーラーの状態を整えるとか、いろいろ試してみるのです。
そして「身体にとって負担」「なんか変な違和感がある」と思ったらやめる。
くれぐれも無理はしないように気をつけます。
また、私の指すヒーリングというものは「身体に、精神に、心に、じわじわ変化がある」ということを指します。
効果として速効性を期待するものでもないです。
我々は「効果」を期待し過ぎて「急ぎ過ぎる」という部分があります。
「急ぎ過ぎる」だけでなく「大きい効果を期待しすぎる」という面もあります。
魔術に手を出す人は「欲張らないこと」を考えましょう。
ゆっくり、少しずつの変化を楽しむくらいが、安全で長続きするのではないかと考えられます。
私の言っている「ワンドヒーリング」はそんなに大きな変化はないかもしれないですし、そんなに急激に何かが変わるわけでもないと思ってください。
まずは、ワンドを飾ってみる。
それから、ワンドに触れてみる。
そして、ワンドと自分との接点を作る。
焦らずゆっくりと、ワンドと自分の間に関係性を築いていく。
それが、ワンドを使ったヒーリングに通じていくでしょう。
するとある時「なんだか自分の中に余裕ができたような気がする」「疲れを感じにくくなった気がする」「身体が軽く感じる」という感覚を感じるときが来ると思います。