方位鑑定士(短編小説)

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占い
「東京の上野駅に行きたいんです。その場所に行くのに最高に良い日にちや時間を教えてください」
私は方位を鑑定をしている。
大概のお客さんは方位といえば祐気取りのことを言う。
祐気取りというのは、良い方位に良い日時に行き、良い土地からエネルギーを貰うというものである。
「あなたは二黒土星生まれです。二黒土星生まれのあなたの今年の吉方位は南西です。
その中でも特に今年の4月は南西が大吉です。4月に自宅から南西の方位の温泉旅行や神社に行くといいでしょう」
というような方位術を祐気取りと一般的に言う。
相談者は吉方位へ行き、天地から良いエネルギーを貰い、縁談やら商談やらを発展させたいと願う。
私はそういう願いを持つ相談者に対するアドバイザーというかコーディネーターというような立場の方位鑑定士である。
さてこのお客、どこか裏がある気がする。
目的は上野駅に行くことだ。
行きたいという場所だけが強力に決まり、その場所に行くためなら日にちも時間も合わせると言う。
何がなんでもその場所に行くことだけは決定してからの相談だ。
どこか怪しい。
もしかしたらこのお客は運び屋で、大麻とか麻薬とかを闇で取引している人かもしれない。
方位術を教えてくれた私の師はこう言っていた。
「運気取りとか開運なんて言いますが、そもそも金運がいいとかいうような話は誤魔化しが通用するかっていう話なんです。
誤魔化しが全くない商売…つまり、正しい経理を通した場合、多くの税金を持っていかれるというものです。
商売繁盛だとか言いますが、商売で儲けが出るとういうことは、どこかに誤魔化しが入っているのです。
でも、これは小さな誤魔化しでないと許されないって話でもあるんですけどね」
表世間からすると裏、または常識から見えない無領域について、知識がある人間は知っている。
我々の意識は催眠の中にあり、幾分の騙しの内にあるということを。
例えば、人に物を売りたい場合、相手の判断力が弱いという前提が必要だ。
「この商品は○○というブランドです。このブランドのこのシリーズは世界で限定100個しか販売しないんです。しかも、この100個限定シリーズは、お得意様の中のお得意様しかまだお伝えしておりません。しかも、今回、この品を購入できるのは限定されたお客様に限ります」という話しぶりをした場合、
人間はその話が本当かどうか確認するわけでもなく「それは普通のものより素晴らしい」と判断してしまい、つい購入してしまうことがある。
これは一種の催眠と暗示の内にある騙しの類である。
だがこの社会はズルい話しぶりをしたとしても、最初から「断れる」という逃げ道が用意されているものは、誤魔化しや騙しの内に含まれないとも考えられる。
誤魔化しや騙しも程度によるのだ。
女性の化粧は、誤魔化しや騙しに入るのか?という質問に対しては小さな騙しから大きな騙しまであるだろう。
化粧は小さな騙しだが、美容整形は大きな騙しであるとも分別されるかのように、騙しの大きさは衝撃の大きさに比例するともいえる。
だが、それに対して、良いとか悪いとかの判断はその人による。
いずれにしても、人の世において、商売が絡むと多少の誤魔化しや騙しが入るものだ。
「このサプリメントは癌が治ります」というような約束できないものを約束するかのような言い回しについては嘘が含まれると考えられる。
引き込みが強く、逃げ場を隠すように囲い込みが強いものは、法律違反の可能性が高く、より騙しが大きい。
騙しが大きいものほど一時的にお金になるともいえる。
大きな騙しで短絡的に一時的に大金を手にして先細りの人生を歩むも、小さな騙しをちょこちょこ働いてどこか貧乏くさい生活をしていくのもその人の性格が選択する。
風水、方位、開運法、相見、命術、卜占…占術にはいろんなジャンルがある。
そして占術や方位術に関しては、人によって知識と理解にかなり差がある。
例えば現代人は奇門遁甲といえは吉方位取りの方位術と思い込んでいる人が多いようだ。
だが、奇門遁甲はもともとは失せ物を探す為の術であったという。
それが吉方位取りとしても使えるのだと後世の人間が気づいたので吉方位取りとして使いだものらしい。
私は「奇門遁甲は失せ物を探す術だ」と聞いたとき「どこに失せ物があるか探し当てる占術のことだ」と思った。
そして実際、そういう使い方をすることもある。
だが、私は他の考え方も持っている。
「宝はどこにあるのか?」
または「宝を持った人間はどこにいるのか?」
さらに言い方を変えると「宝を持った人間はどこに逃げたのか?」を探す術ではないかとも思っている。
となると、宝を基盤にした警察と泥棒が使う方位術のようにも思えてしまうのだ。
私はこの相談者に上野駅に行く吉方位取りの日程を教えていいのか迷った。
もし、泥棒や犯罪者ならば、私は逃げ道を聞かれているのであるといえる。
そうなってくると私は反社会側に肩をもつことになるのだ。
自分は厄介な人間と関わって自身の運を下げたくない。
だが、厄介な人間はお金を持ってくるという意味からすると、厄介な人間とも少し関わりながら収入を得ることも、この世の中の普通といえば普通のことでもあるような気がするが。
私は相談者に「何故、上野駅に行くのか?」とは聞かなかった。
相手が自分にそれを言わないということは聞かれたくないということと考えられ得る。
また、こちら側も事情を知らないうちは厄介な縁を持たされないとも考えられ得る。
自然と言葉に出てこないものは、多少興味があれども聞き出さないでいいものだと私は考えている。
私は上野駅に行きたいという相談者に提案した。
「方位術といってもいろいろあるんです。
九星気学を使ったり、奇門遁甲を使ったり、占星術を使ったり、風水を使ったり…
それらは効果も異なります。
例えば、九星気学だけを使った場合はあなたの生まれの日を参考にします。
その場合「今年の5月8日から6月7日まで、または今年の9月7日から10月6日までの期間はあなたの家からすると上野駅は吉方位になります」みたいな答えを出します。
しかし、これはあくまで九星気学1本だけで判断したものになるんです。
他の占術を合わせれば合わせるほどより強力な日程を絞り出せます。
幾つもの占術を重ねて吉方位を絞り込むと「今年の上野駅へ行く最大吉は5月25日」というより具体的な日にちを出せます。
なおかつ他の占術を重ねると「5月25日の午の刻(11時~13時)がいい」という答えがでます。
さらにさらに絞り込みたい場合は午の刻(11時~13時)のうち12時23分に家を出る時間を選ぶと最高というように
特定の時間を数秘術で出したりします。
年・月・年・時の最も強力な時間をロジックで導き出すには、普通の人からは想像できない程のあらゆる占術を駆使するのであります。
九星気学というざっくりした占いが出す方位でしたら3000円でお答えします。
ですが、幾つもの占術から、あなただけの特定の時間を探し出すには3倍・4倍・5倍の金額がかかります。
なぜならその分の労力がかるからです」
相談者は「5倍の金額がかかってもいいから、最強、最大吉の時間を教えて欲しい」と言った。
売り上げを考えるといいお客さんだ。
だが、やっぱりどこか裏があるような気がする。
いい売り上げになりそうなのに、どこか気がすすまない。
普通の人間は「温泉旅行に行きたいと思っている。ついでに吉方位と日程を選ぶ」という程度だ。
そういう人間は雑誌の大衆占いなどを参考にする。
普通の人間より占いに信仰心があるような人間は「吉方位を取るという目的が強く、吉方位取りのついでに温泉旅行をする」のだ。
雑誌の大衆占いを参考にせず、占い師や方位鑑定士に相談するタイプだ。
この差は同じようでもちょっと違う。
私には定期的に来る相談者がいる。
定期的に来るその相談者も「吉方位を取るという目的が強く、吉方位取りのついでに温泉旅行や神社参りに行く」というタイプだ。
その相談者は水商売をしていて銀座のクラブホステスだと言っていた。
目的が強いというか、3000円程度の鑑定を依頼せず、3倍の金額で鑑定を依頼する。
私はその相談者に対しては、かなり選んだ日時と方位を指定する。
私が吉方位と指定する場所に温泉やら神社もなく、何もない場所でも、その相談者は私の指定する吉方位の場所へ行く。
なぜなら、その人の目的は吉方位取りにあるからだ。
「この占術のこの方位取りは軍事法則から作られたものだ。これはスピードと量が大きいほど効果が期待できる方位術である。
この吉方位取りにおいては新幹線や飛行機に乗った移動がいい」と言うと、その相談者は新幹線で約400キロ離れた大阪に行き、
大阪駅で2時間滞在し、往復で3万円の交通費を支払い、その日のうちに東京に帰ってきた。
なぜなら、その人の目的は吉方位取りにあるからだ。
「吉方位取りは遠ければ遠いほど効果が期待できる」と言ったら、その相談者は東南方位が吉の期間にフィジーに行き、北西方位が吉の期間にアイルランドにも行った。
なぜなら、その人の目的は吉方位取りにあるからだ。
成功者の統計から出た、占星術の技法であるアストロカートグラフィーで割り出された計算方式の方位術を教えたときはトルコのイズミールに10日間ほど滞在しに行った。
なぜなら、その人の目的は吉方位取りにあるからだ。
私は方位鑑定士で方位マニアだが、私の鑑定を受けにくるお客もまた方位マニアだ。
マニアはより多くを要求する。
「吉方位のその場所で何をしたらよりいいですか?」と聞かれれば私はアドバイスする。
「東南は縁談と関係があって、縁は長いほうがいいという意味があるのでその場所の近くで麺類の店で何かを食べたほうがいい」と答えたり
「何色の服を着たほうがいいですか?」と聞かれれば「その方位は火が強いので、対立する水の色である青とか黒は避けたほうがいい」とか
「時空間に対して印象付けをするのが秘儀である。時空間に歪を入れるために、その場所に到着したら爆竹を鳴らすといい」などだ。
一般人からすると馬鹿馬鹿しく聞こえるかもしれないが、それはそれで理論上にある理法と関係するのだ。
私は上野駅に行きたいという相談者にもう一つ提案した。
「あなたがなぜ、上野に行くのに吉方位と時間にこだわるのか私にはわかりません。
ですが、あなたは今回に限らず、また別の未来にも、方位を気にして方位鑑定士を頼ることがあるとも考えられます。
だったら、方位鑑定士に相談するのではなく、自分自身が方位術の勉強をしてみてはどうでしょうか?
そうしたら、あなたは方位鑑定士を雇うことなく、自分の力で方位を探すことができます」
相談者は「あなたから方位術を教えてもらったらいいのか?方位術を教えてもらうのに幾らの金額がかかって、どのくらいの期間で習得できるのか?」と聞いてきた。
私は答えた。
「私は方位術の教室を開催しています。教室は都内のレンタルオフィスの会議室を使い、5~6人のグループ講義をしております。
講義は1回60分で金額は3500円です。
それと他にスカイプの個人講義もしております。
スカイプの個人講義は60分6000円です。
方位術の習得に関しましては個人差がありますし、能力値によって異なります。
ですが、プロとして活動するには最低10年は必要だと思います」
私の話を聞いた相談者は「お金は払うから上野駅に行くのに、最強、最高の日にちを教えて欲しい」と即答した。
それでも私は相談者の依頼を受けるか、まだ迷っている。
古い時代からの知識を持つ占い師は、最強・最高の方位と日時を割り出したとしても、あえて最強・最高の方位と日時を使わないだろう。
「やや良い」を使い「最高に良いと、最大に良いを使わないほうが安全」だからだ。
最高の力と最大の力と関わるには危険を伴う。
高い注意力やバランス感が必要なのだ。
この相談者の注意力やバランス感は如何程だろうか?
吉方位で吉を引き出しても一歩間違えると禍が起こる。
しかし、禍というものは、とある視点からすると吉で別の視点からすると凶であり得る。
視点によって、吉凶は裏返ることがあるのだ。
泥棒の吉は世間と警察の凶で、世間と警察の凶は泥棒からすると吉でもある。
吉凶入り乱れるという話は、泥棒が盗みの先で金を手に入れ、その後に警察が泥棒を捕えるということでもある。
もし、相談者が運び屋の場合、麻薬を密売し、裏金を取引した直後に警察に御用になるようなことがあるかもしれないのだ。
私が、最高と最強の方位と日時を教えず「やや良い」くらいに留めた場合、この人間は小さな成功をするかもしれない。
そして、この相談者は闇グループの間で大麻を取引することに成功し続けるかもしれない。
その関係性が続く限りこの相談者は私の方位鑑定を買い続けることになるのかもしれない。
問題は事の大きさだろうか?
通常の鑑定のように3000円で引き受ける程度の提案に留めるべきなのだろうか。
3000円の鑑定で運ぶものは大麻だとすると、15000円の鑑定で運ぶものは麻薬かもしれない。
相談者は3000円の鑑定ではなく15000円の鑑定を望んでいる。
その話の裏は、小さな仕事ではなく大きな仕事ということか、小さな犯罪ではなく大きな犯罪ということか。
3000円ではなく、15000円の方位鑑定はある意味、相談者の賭けであり、私の賭けでもあるのかもしれない。
それとも、問題は別にあるのかもしれない。
引き受けるか引き受けないか、ということだろうか?
成功というものは、時間において「進む」という意味もあるが「逃げ」の意味もある。
私はこの相談者の依頼について、進むか逃げるか迷っているのかもしれない。
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