人の感情は複雑であり「好き」という一つの感情をとってみても、実はその中にはそれ以外の様々な感情も混ざっています。
そして関係性が複雑になればなるほど、一言では表せないほど多くの感情が混ざり合うこともあります。
例えば片思いや両思い、或いは既に付き合っている相手がいる場合でも、職場や家庭など立場的な事情が絡んでいたりすると、単純に「好き」という気持ちだけでは動けなくなることがありますし、その気持ちを伝えることができない場合もあります。
また、本人の気質や、幼い頃の家庭環境の中で形作られた価値観や性格によっても、その感情の表れ方は大きく変わっていきます。
本当は好きであったとしても、傷つくことを恐れて距離を取ってしまう人もいますし、素直に気持ちを表現できず、わざと冷たい態度を取ってしまう人もいます。
さらには、自分でもその感情をうまく整理できず、近づきたい気持ちと離れたい気持ちの間で葛藤してしまうこともあるでしょう。
このように、人の心は決して単純なものではありません。
好きだから必ず気持ちを伝えるとは限りませんし、むしろその逆の行動を取ってしまうことも多々あります。
本来であれば素直に気持ちを表現することで上手くいく未来があったとしても、不安や恐れからそれを避けてしまったり、駆け引きをすることで、返って関係を複雑にしてしまい、遠回りの未来や上手くいかなくなる未来を無意識に選んでしまうことさえあります。
これまで、そのような方々を数多くみてきました。
つまり人の言動は「好きだから必ずしもこうする」といった一つの理由だけで説明できるものではないため、私たちは相手の感情がわからずに苦しんでしまうことが往々にしてあるのです。
また、ご自身、もしくはお相手が幼少期の経験や過去の傷ついた出来事によって、無意識のうちに回避傾向を身につけている場合もあります。
そのような場合でも、相手に素直に気持ちを表現するどころか、逆に周り道をして相手を試す行動に出たり、わざと相手を困らせる言動をとることで、自分が愛されていることを確認しようとすることもあります。
これは本人が意識的に行っている場合もあれば、無意識のうちにそうしてしまっている場合もあるため、周囲から見てもその本心は非常に分かりにくいものです。
しかし、どのような場合でも、その根底には何らかの欲望が存在しています。
例えば、愛されたい、認められたい、安心したい、傷つきたくない、といった気持ちです。
このような感情は決して悪いものではなく、人間の根底にあるごく当たり前の感情でもあります。
ただ、その気持ちが過度になることで、相手を試したり、駆け引きをしてしまったりすることに繋がるのです。
つまりそれらの行動も、突き詰めれば自分が愛されていることを確認したいという欲求の表れであると言えるでしょう。
しかし、その欲求が強くなりすぎると、いつしか相手の気持ちや立場よりも、自分自身を守ることが優先されるようになります。
その結果、相手のことを考えるよりも、自分の保身や自分にとって有利か不利かという基準で物事を判断するようになってしまい、関係が拗れてしまうのです。
さらに現代は、SNSやマッチングアプリなどの普及により、昔と比べて人との出会いの機会が増え、常に新しい選択肢が目の前に簡単に現れる時代でもあります。
その為、もっと自分に合う人がいるのではないか、もっと良い条件の相手がいるのではないか、という気持ち(欲望)が生まれやすくなってしまっています。
本来であれば、一人の相手としっかりと向き合いながら関係を育てていくはずが、次々と現れる選択肢によって心があちこちに動いてしまうのです。
一方で、人は本能的により良いものを求める欲求を持っています。
もっと愛されたい、もっと満たされたい、もっと安心したい。
そのような欲求自体は決して悪いものではありませんが、先述したようにその欲望が過度に強くなりすぎると、今ある関係性よりも、まだ手に入っていない何かを追い求めるようになってしまっているのが現代の多くの人々です。
そしてその結果、いつの間にか、一人の相手に真剣に向き合うことが難しくなり、目の前の関係よりも次の候補を必要以上に求めるようになり、最終的には何も手に入らない、という状態になることもあったりいたします。
このように今を生きる人々は、常に欲望と隣り合わせの環境の中で生きています。
便利なものや刺激的な情報が溢れ、人の心は気づかないうちに様々な誘惑へと引っ張られていきます。
そして、その渇望が強くなればなるほど、本来大切にすべき相手の気持ちや関係性よりも、自分自身の不安や満たされなさを優先してしまうのです。
そのため、私たちは自分の中にどのような欲があるのかを知り、それに振り回されないようにしていくことが重要であり、現代に生きる私たちにとっての大きな課題の一つであると言えるでしょう。
一方で私たちは恋愛や人間関係で悩んだとき、どうしても相手の言動ばかりに意識が向いてしまいます。
なぜ連絡が来ないのか、なぜ会おうとしないのか、本当はどう思っているのか。
それらを知りたいと思うことは自然なことです。
しかし、そのように相手のことばかりを見続けていると、いつの間にか自分自身の心が見えなくなってしまうこともあります。
そして実際には、これらの悩みの多くは相手だけに原因があるわけではありません。
なぜなら私たちは誰しも、自分の経験や価値観、過去の傷や願望を通して相手を見ているからです。
そのため、相手そのものを見ているつもりでも、実際には自分自身の恐れや期待、思い込みを重ね合わせて見てしまっていることも多くあります。
また「相手は自分の鏡である」という言葉をよく聞きますが、これは相手そのものが自分と同じであるという意味ではなく、相手との関係性の中で自分自身の心が映し出されるということです。
だからこそ、相手の気持ちを知ることと同時に、自分自身の心の状態を知ることが更に大切になります。
自分の中に強い不安や恐れがあると、本来の相手の姿ではなく、自分自身の恐れが映し出した相手像を見てしまうことになり、結果的にそのことで苦しみを感じたり、必要以上に相手を疑ってしまうことにも繋がるからです。
そして日々鑑定をしておりますと「彼(彼女)はどう思っていますか?」という質問を非常に多くいただきますが、相手をそのような色眼鏡でみてしまうと
どうしても主観的になってしまう場合もあります。
例えば、こちらが「お相手はあなたに好意を持っていますよ」とお伝えしたとしても、「違うと思います。そんなはずはありません、なぜなら〇〇だから」などと返ってくることがあります。
しかし、繰り返しにはなりますが、それは必ずしも相手の気持ちを見ているのではなく、自分自身の不安や恐れを見てしまっている状態のため、本来必要のない感情が影響して思わぬ深読みをしてしまうことさえもあるのです。
なぜなら人は不安が強くなるほど、相手の好意よりも拒絶の可能性に意識が向きやすくなるため、実際の相手の姿ではなく、自分の中にある恐れを通して相手を見てしまうからです。
また、私たちはつい相手を変えようとしたり、相手の答えばかりを求めてしまいます。
しかし、本当に見るべきものは案外自分自身の心の中にあったりも致します。
相手を知ることは大切です。
しかし同時に、自分自身の不安や欲、恐れに気づくこともまた大切なのです。
それらのことを踏まえ、私は依頼者様に対して、お相手の気持ちがどのような状態にあるのかだけでなく、その感情の裏にある欲や不安、恐れなどが何であるのか、そしてご自身の心がどのような状態にあるのかも含めて、様々な角度から見させて頂いております。
相手を知ること、そして自分自身を知ること。
その両方を見つめることで、本来の未来や自分自身がやるべきことが見えてくることもあるのです。
今、様々な問題で悩み苦しまれている方は、ぜひ一度鑑定にお越しください。
深く丁寧に見させて頂きます。