人が人にできることは、話を聞くことくらい

人が人にできることは、話を聞くことくらい

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コラム


「話を聞く」という言葉を、私たちは日常の中で何気なく使っている

誰かが悩んでいるとき

誰かが苦しんでいるとき
誰かが、自分の気持ちを打ち明けてくれたとき

けれど、そもそも「人の話を聞く」とは、どういうことなのだろう

相手の言葉を最後まで聞くことだろうか

気持ちを理解することだろうか

相手の立場になって考えることだろうか

どれも間違いではないのかもしれない


でも、私が考える「話を聞く」は、少し違う

それは
自分とは違う世界を生きている誰かの、その人にしか見えていない世界を、ありのままに知ろうとすること

人は、他者を完全に理解することはできない

だからこそ、
自分の知っている世界に相手を当てはめるのではなく、
自分とは違う世界がそこにあることを認め、
その世界を少しずつ知っていきたい

理解できるかどうかではなく
理解しようとする姿勢そのもの

私にとって「話を聞く」とは、そういうことなのだと思う

話を聞いていて、
相手の考えが理解できないこともある
自分とはまったく違う価値観に出会うこともある

けれど、
理解できないことと、受け入れられないことは同じではない

相手の考えに賛成できなくても、
その人がなぜそう考えるのかを知ろうとすることはできる
理解できなくても、寄り添うことはできるのだと思う。

誰かが胸の内を打ち明けてくれたとき、
私たちは「何か」をしてあげたくなる

何とかしてあげたい
少しでも楽にしてあげたい
できることなら、苦しみを取り除いてあげたい

その気持ちは、
相手を大切に思うからこそ生まれるものなのだと思う


けれど、どれほど相手を思っていても
その人の人生を代わりに生きることはできない

そして私は、他者の人生をコントロールすることは、本当の意味で誰かの力になることでも、思いやりでもないと考えている

相手の人生は、相手自身のものだから

だからこそ、
私は、人が人にできることは「話を聞く」ことくらいなのではないかと思っている

それは、無力さを表す言葉ではない


話を聞くことは、何もしないことなのだろうか
私は、そうは思わない

相手を変えようとしたり、
正しい答えを与えようとしたりするのではなく
その人の人生を、その人自身のものとして大切に見守ること


他者の人生を尊重しながら、
それでも深く関わろうとすること

そこに、私の考える「寄り添う」という姿勢がある

私にとって「人の話を聞く」ということは、

人間が他者にできる、最も深い関わりであり、思いやりであり、最大の愛なのだと思う。





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