保育の現場では、
「家庭的な雰囲気を大切にして」
「家庭的な保育を心がけて」
という言葉を聞くことがあります。
でも、新人・若手保育者からすると、
「家庭的って、具体的に何をすること?」
と迷う言葉でもあります。
部屋を家のようにすること?
職員が家族のように接すること?
できるだけ自由に過ごしてもらうこと?
「家庭的」という言葉から思い浮かべるものは、人によって違います。
だから私は、「家庭的にして」と伝えるだけでは、新人・若手には少し難しいのではないかと思っています。
「家っぽくする」と考えると難しくなる
そもそも、「家庭」の形は一つではありません。
家族構成も違います。
生活時間も違います。
食事の仕方も、過ごし方も違います。
それなのに「家庭的な保育=家庭のような保育」とだけ考えると、
「どんな家庭をモデルにするの?」
という問題が出てきます。
大切なのは、特定の家庭の形を保育室に再現することではないと思います。
私は「家庭的」という言葉を考える時、家ではなく、そこで生活する子どもの方を見るようにしています。
例えば、「安心して過ごせているか」を見る
朝、登園してきた子どもが不安そうにしている。
そんな時に、
「もう保育園に来たんだから遊ぼう」
と活動へ向かわせるだけでなく、
「今、この子は安心できているかな」
と考えてみる。
いつもの保育者のそばで少し過ごす。
好きな遊びを始めるまで待つ。
家庭での様子を保護者から聞く。
必要なことは、その子によって違います。
食事や休息、遊びでも同じです。
「みんなが今こうしているから」だけではなく、
「今のこの子はどうだろう?」
と考える。
これなら、「家庭的」という少し曖昧な言葉が、具体的な保育に近づいてきます。
子どもの「こうしたい」も生活の一部
もちろん、子どもの希望を何でもそのまま受け入れるという意味ではありません。
健康や安全を守ることは必要です。
その上で、
「こっちがいい」
「まだ遊びたい」
「今は食べたくない」
「先生にそばにいてほしい」
そんな子どもの表情や言葉にも目を向ける。
大人が決めた生活に子どもを合わせるだけではなく、子どもの気持ちや状態を見ながら、人・時間・環境を調整できないか考える。
私は、そこに「家庭的な保育」を具体的に考えるヒントがあると思っています。
「家庭的に」ではなく、「何を見る?」まで伝える
新人・若手に、
「もっと家庭的に関わって」
と伝えても、それだけでは何を変えればいいのか分からないかもしれません。
でも、
「この子、今安心できているかな?」
「今の流れは、この子の状態に合っているかな?」
「この子はどうしたいのかな?」
と一緒に考えることならできます。
抽象的な言葉を、目の前の子どもを見るための言葉に変える。
そうすると、新人・若手にも少しずつ具体的な行動として伝えられるのではないでしょうか。
「保育現場の改善室」では、こうした保育現場の**「分かるようで、具体的には分かりにくい言葉」**を、何を見るのか・何を考えるのかというところまで整理しています。
今回は、「家庭的な保育」について考えてみました。