「今日は何もなかったな」
一日の終わりに、そう思うことがあります。
旅行に行ったわけでもない。
新しい仕事が決まったわけでもない。
誰かに褒められたわけでも、大きな作品を完成させたわけでもない。
いつもの時間に起きて、いつものものを食べて、少しスマホを見て、気がつけば夜になっている。
外から見れば、何もない一日です。
けれど、よく思い出してみると、本当に何もなかったわけではありません。
朝のコーヒーが、いつもより少しおいしかった。
猫が変な格好で寝ていた。
昔よく聴いた曲を、久しぶりに聴いた。
友だちから短いメッセージが届いた。
夕方の風が、ほんの少しだけ涼しかった。
どれも、わざわざ人に報告するほどの出来事ではありません。
しかし、何もなかった一日を作っているのは、こうした小さな出来事です。
毎日何もなくて、毎日何かある。
この二つは、矛盾しているようで、たぶん両方とも本当です。
大きな出来事だけを「何かあった」と数えていると、人生のほとんどは空白になってしまいます。
でも、「少し笑った」「おいしかった」「気になった」「今日は暑かった」まで出来事に含めれば、空白だった一日に、いくつもの小さな印が現れます。
私は、そういうものを拾うことを「おもしろがる」と呼んでもいいのではないかと思っています。
何もないところから、無理に事件を作る必要はありません。毎日を立派にしなくてもいい。
ただ、今日の中にあった小さな違いを一つ見つける。
「昨日より氷が早く溶けた」でもいい。
「昼寝をしたら変な夢を見た」でもいい。
「何もしなかったら、意外と気分がよかった」でもいい。
それだけで、今日には今日なりの輪郭が生まれます。
何もない日は、失敗した日ではありません。
大きな音がしなかっただけで、小さな音はいくつも鳴っていたはずです。
今夜、眠る前に一つだけ探してみます。
今日、何があっただろう。
たぶん答えは、思っているよりささやかで、思っているより面白いものです。