目のお風呂│掌編小説

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目にもお風呂がある。ファミレスでもらえる、透明な袋に入った四角いやつだ。

あなたは温かいおしぼりを受け取ると、手を拭かずに目の上へ置いた。

「目、お風呂入れてる」

そう言って、そのままメニューを開く。見えていないのに、パスタとドリアのページを行ったり来たりしていたので、「見えてる?」と聞いたら、「雰囲気で」と答えた。

初めて見たとき、行儀が悪いと思うより先に、目だけ先に帰宅していてずるいと思った。

私たちはよく駅前のファミレスにいた。
会う約束はほとんでせず、どちらかが「いる?」と送って、いたら行く。
「いる?」に対して「どこに?」と聞かなくていい関係はかなり便利で、当時の私は、便利なものほどなくならないと思っていた。

あなたはドリンクバーへ行くと、最初に必ず水をくんだ。

「最初に水を飲むの、大人だから」

そう言って一気に飲み干し、そのあとすぐメロンソーダをなみなみ注いで帰ってくる。

「大人終わった?」

「終わった」

そういう、覚えていても何の役にも立たない会話ばかり覚えている。

反対に、最後に何を話したのかは覚えていない。

たしか最後の連絡は「了解」だった。
待ち合わせの時間だったか、貸した本のことだったか、それももう曖昧だ。
「了解」には返事をしなくても失礼ではないので、どちらかが返さなかった。
次の日も連絡はなく、一週間後には来ていないことを確認する回数も減って、そのうち、それきりになった。

人との最後の会話が「了解」になる可能性を知っていたら、私たちはもう少し慎重に了解を使ったと思う。

人と会わなくなるときには、もっと分かりやすい何かがあるものだと思っていた。喧嘩をするとか、嫌いになるとか、最後にちゃんとした話をするとか。でも実際は、最後の日ほど普通の日に紛れていて、終わってからでないと見つけられない。

もしあの日が最後だと知っていたら、私は何をしただろう。

たぶん、何もしなかったと思う。

あなたが目をお風呂に入れているあいだにポテトを食べ、会計では一円単位まで割り勘して、駅でいつも通り「じゃあね」と言っただろう。
最後だからと急に抱きしめたりしたら、たぶん二人とも笑ってしまう。

それなら、知らなくてよかったのかもしれない。

そのファミレスは去年閉店した。

久しぶりに前を通ったときには窓に白い紙が貼られ、中からテーブルも椅子もなくなっていた。何度も座った場所がどこだったのか、何もない店内を見た途端、分からなくなった。

不思議だった。あなたの顔はまだ思い出せるのに、あなたといた場所のほうが先になくなった。

それから別のファミレスにも行ったし、別の人とドリンクバーにも行った。
メロンソーダを飲む人もいた。
でも、最初に水を飲む人はいなかった。

だからといって、あなたを思い出すわけでもなかった。

今日、古い喫茶店で久しぶりに温かいおしぼりが出た。最近は冷たくて薄いものが多いから珍しいなと思いながら袋を破り、手を拭こうとしたところで、なぜか一度止まった。

それから私は、おしぼりを目の上に置いた。

思っていたより気持ちよかった。

目を閉じたまま、これか、と思った。

浮かんだのはメロンソーダの緑と、ファミレスの黄色っぽい照明と、ドリンクバーへ向かう後ろ姿だった。顔だけがどうしてもうまく出てこない。
代わりに「大人だから」と言った声を思い出した。

少し笑った。

七秒くらいして、おしぼりを外した。

会いたいとは思わなかった。連絡もしなかったし、連絡先がまだ残っているかも確認しなかった。

ただ、それから温かいおしぼりが出るたび、私はたまに目の上へ置くようになった。

一人のときだけやる。人前でやるには、やっぱり少し行儀が悪い。

あなたとはもう会わない。

それなのに私の目だけは、ときどきあなたと同じお風呂に入る。
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