心が疲れているときこそ、神託を受ける理由

心が疲れているときこそ、神託を受ける理由

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「こんなに疲れているときに、神様の言葉なんて聞こえるはずがない」
そう思われる方は、少なくありません。
けれど、わたしはその逆だと思っています。
心が疲れているときこそ、お手紙はいちばん近くまで来ています。

疲れは、心が出している合図です

頑張り続けてきた方ほど、疲れを「弱さ」として受け取ってしまわれます。
もっと頑張らなければ。まだ休んではいけない。
そうやって、ご自分を追い立ててしまう。
けれど、疲れというのは、心が「そろそろ限界に近いよ」と伝えてくれているものです。
それを無視し続けると、いつか心も体も、動きにくくなってしまいます。
疲れているときほど合図が強くなるのは、あなたが立ち止まれなくなる前に、気づいてほしいからだと、わたしは受け取っています。
それに、疲れているときの人は、いつもより素直です。
元気なときは、届いた言葉をすぐに検討してしまいます。本当だろうか、都合がよすぎないだろうか、と。
疲れているときは、その検討をする力が残っていません。
だから、そのまま入ってくるのです。
受け取る力が落ちているのではなく、間に立っていたものが、疲れて退いているのだと思います。

頑張っている人ほど、遠ざけてしまう

ただ、ここに難しさがあります。
真面目に頑張っている方ほど、受け取る余白を、ご自分から閉ざしてしまうのです。
「休んでいる暇はない」
「弱音を吐いてはいけない」
そうした思い込みが、静かなメッセージをかき消してしまいます。
しかもこの思い込みは、その方が長いあいだ、それで乗り切ってこられたぶんだけ強くなります。
実際に効いてきたやり方なのですから、手放せなくて当たり前です。
お手紙は、大きな声では届きません。
叫んでくれたら気づけるのに、と思うことがあります。
けれど、大きな声で来るものは、たいてい、あなたを急かすものです。
やさしいものほど、静かに来ます。
だからこそ、受け取るには、ほんの少しの余白が要るのです。

立ち止まることは、あきらめることではありません

心が疲れたと感じたときは、それを我慢するのではなく、あえて立ち止まってみてください。
深呼吸をする。何もしない時間をつくる。誰かに、少しだけ弱さを見せる。
そうした小さな一歩の中に、やさしいお手紙が届いていることがあります。
「よく頑張ってきましたね」
「少し休んでも、いいのですよ」
こうした言葉は、走っている最中には受け取れません。
立ち止まったときにだけ、聞こえるようにできているのだと思います。
ですから、その疲れは、無駄なものではありません。
あなたを止めるためではなく、受け取れる場所まで連れていくために来ています。
もし、いま届いているものを一緒に読んでみたいと思われましたら、いつでもお声がけください。
急がなくて、大丈夫です。
Le Clair(ルクレ)より
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