機関車トーマスと自閉症。           

 機関車トーマスと自閉症。           

記事
コラム
今回は、知的障害児の行動援護・移動支援をしていた時に感じた事を書きたいと思います。

私は、養護学校通学児や卒業児の支援に携わっていました。今日は、I君の事を中心に書いて行きたいと思います。

I君は、自閉症でこちらの話す事は理解できるが、自分の気持ちを上手に話す事ができない男の子でした。しかし、全く話せない訳ではなく、最初の一文字は言える事が多かったように思います。また、親が教育熱心で、聴覚障害者でもないのに簡単な手話を使える子だったのです。

I君は体格が良く、小柄な私よりも、縦も横も立派でした。しかし、とても心が優しく、滑り台やブランコが好きでした。公園などに行き、滑り台やブランコを見つけても、近くに小さい子がいると必ず譲り、自分の順番を待っていました。

前任担当者から私に担当が交代し、半年も経つと、月4回の支援のうち3回は私が担当する事となり、残り1回は女性が担当するのが通例となっていました。

主な流れは、週末に自宅に行き、天気が良ければ、公園に行き、滑り台とブランコを楽しみ、その後、プールに行っていました。プールの後、コンビニに寄り、本人の好きなお菓子と飲み物をよく買っていました。

自閉症は言葉を発せられない事よりも、他者とのコミュニケーションが取りにくい事が一番の不都合だと感じていました。家族や私などの支援者とは、コミュニケーションが取れるのに、初めて会う人とは全く駄目なのです。

でも、コンビニで会計手続きが、ずっと出来なかったのに私が必ず近くで見守っていると、初めての店でも、段々と会計手続きが出来るになって来た時は、とても嬉しかったと記憶しています。

私ともう一人の女性が担当者となる事が通例となり一年位した時に、お父様から、次のように言われました。

⚪︎さんと◾️さんには、とても感謝しています。
 今まで、よう言え無かったんやけど、息子が外出から帰って来たら、毎回、       その日あった事を絵日記に書いて貰っています。
 ⚪︎さんと◾️さんに担当が変わってからは、とても良くして貰っていたけれ ど、以前は、そうでも無かった。
世話になっているから、よう言え無かった。

その言葉を聞いた時、私は愕然としました。
⚪︎さんと◾️さんは準社員で、以前に担当していたのは、正社員なのです。
帰社後、担当者に絵日記の事を伝えると震えていました。
支援方法に唯一の正解は有りません。
こちらの寄り添う気持ちが相手に伝わっていれば良いのです。

お父様から言われた以前の低評価は、担当者には伝えていません。
担当者自身が以前に担当しており、絵日記の話をした時に震えていたからです。
自分が以前に支援していた内容に自信があれば、震える必要がないからです。


I君を以前に担当していたS正社員に、こんな事を言われて驚いた事があります。

「何で、自閉症の子は、機関車トーマスが好きなんやろう?」

その言葉を聞いた時、私は愕然としました。
その人は、何年にも渡り障害者支援に携わってきたのに、そんな事もわからないのか。
私は、障害者支援に携わって、一年位しか経っていませんでした。
しかし、一つの答えが出ていました。

機関車トーマスは、一話完結が基本です。
基本テーマは、以前はバリバリに活躍していた★機関車が時代の流れにより、セミリタイヤされてしまった。しかし、ある事件が起こり、その事を解決するには、どうしても★機関車の出動が必要だと言う流れです。最前線から引退して自信を無くしていた自分に再び白羽の矢が当たるのです。そして見事、問題を解決して、自信を無くしていた★機関車に生きる勇気が戻ると言う流れです。

障害児は、自分は他者と違う事に劣等感を感じています。
全ての人は欠けがいの無い存在で、必ず、誰かの役に立っています。
自信を無くしている子供にとって、自分に何か役に立てる場所があるかも知れないと言うのは、とても大事な事です。

S職員は、管理者から、何度も、「子供心が分かっていない」注意を受けている人だった為、ある意味合点が行きますが、子供達には悲しい思いをさせたと思いました。

その後も、私と◾️職員で、情報共有しながら、I君の支援に当たりました。
たとえ、障害があっても、こちらに寄り添う気持ちが強ければ、必ず、相手に伝わると信じています。

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