『受け取り方』が大切な理由〜PICCの存在意義を改めて考えた日〜

『受け取り方』が大切な理由〜PICCの存在意義を改めて考えた日〜

記事
コラム
最近、PICC診断の個人診断の受付を開始ました。
ご依頼いただいたみなさまありがとうございます。

さらに、LINE@お友達先行モニターや、SNSでも募ったモニター。
ある程度まとまった件数診断してきて様々なご依頼者様と関わる中で
改めて『PICCの存在意義』について考える機会がありました。


今日は、そのことについて少しお話ししたいと思います。



あなたは、自分のことをどれくらい知っていますか?



「私は人見知り」
「私は華がない」
「私は地味」

そう思っていても、周りの人からは全く違う印象を持たれていることがあります。

わたしは、この「ズレ」こそが自己理解の鍵なんじゃないかと思っています。

わたしがこの診断をしていて1番恐れていることは自分が思う自分(自己認識)他人から見える自分(社会的自己・印象)に大きくズレがあってそれが診断結果に出た時に受け止められないという状況が起きること。


例えば
自分ではずっとブルベだと思っていたのに診断結果はイエベだった

黒が似合うと思っていたのに柔らかい色の方が似合うと言われた

こういう性格だと思っているのにこういう性格だと言われた

そうなった時に

「この診断は当たっていない」
と、ただただ受け取りを拒否する。

そうなってしまうこと。


もちろん、わたしの診断の精度は100%じゃない。ましてや現時点では写真や設問だけで診断している以上多少のブレはありえるものでもある。

でも、わたしはその方を下げようとも、傷つけようとも、否定しようとも思っていないのです。
むしろその人の魅力を知って欲しくて必死。(笑)


それでも
診断結果が自分の思うものじゃなかっただけで

「否定された」
「わたしのことをちゃんと見てくれない」
「間違っている」

そう『受け取られてしまうこと』が一番悲しいこと。



人には3人の「自分」がいる



① 自分が思う自分(自己認識)
② 他人から見える自分(社会的自己・印象)
③ 実際の自分(行動・特性・能力など)

この3つって、誰しも完全には一致しない。

例えば、

本人「私、全然話せないんです」

周り「え?落ち着いて話す人だよね」

実際→ 初対面では静かだけど慣れるとよく喋る

全部少し違う。



自己受容できない人って何が起きてる?

自己受容できない人って、①しか見てないことが多い。



過去のわたしもそうだった。

「私はダメ」「私は可愛くない」「私はコミュ障」

全部、自分の主観で評価をしている。

他人は

「優しそう」「話しかけやすい」「透明感ある」

って思ってるかもしれない。

つまり、

自己受容とは

自分を好きになることじゃなくて
自分を見る視点を増やすこと



他人から見える自分を知ることは必要なのか?


わたしは自己理解をするためには「他人から見た自分を理解する」ということもとても必要だと考えてます。

なぜなら、人は他人との関係で生きてる

でも他人から見えている自分を理解するだけでもだめで。

他人から「明るいね!」って言われ続けても
本人は「本当は明るくいることは疲れる」

なんだとしたら、他人視点だけで生きることも苦しくなる。

だから

自己理解は

自分が思う自分 と 他人から見た自分

の両方を知る必要がある。



PICC診断の存在意義


普通の性格診断は「あなたはこうです」と診断するもの。
パーソナルカラー診断は「あなたの似合う色はこれです」と診断するもの。


でもPICCは色の翻訳を借りて
"あなたはこう見えています" をベースにあなたの本質を見つけていくもの


例えば、わたしはBSLM(ミューテッドサマー)なんだけど

自分では

・なんだか曖昧な存在感
・パッとしなくて地味
・でもなんか悪目立ちしてる
・人に嫌われやすい気がする
・色が溶ける
・冷めて見える


なんて思ったりする。

でも

他人からは

・柔らかい
・話しかけやすい
・ミステリアス
・派手じゃない華やかさ
・静かな存在感
・優しい
・知的

のようなことを言われたりする。

それを知っているか知っていないかだと

生き方は全く変わってくる。

そして自分が思う自分の魅力や武器だって増える。


PICC診断の本当の目的は

似合う色を知るだけのものじゃない。

「他人から見えている価値を言語化することで自己理解を増やすこと」




自己受容の公式


自己理解


(自己認識 + 他者から見える自分 + 実際の自分)

× 受け取る力
--------------------
解釈する力
自己対話する力
---------------------



だからPICCは

自己受容のための

客観視ツール

になれたらと思っています。


占いじゃない未来予測でもない当てるゲームでもない


「周りに与えている印象を色で翻訳する理論」


見た目や雰囲気には必ず周りに与える印象がある。それを色で翻訳する。


そして、そこから本質にも触れていく。周りにはこう見えてるけど、こういう質感も持ち合わせてるからきっと内面ではこういう性質もあるかも?


これが似合うけどこれを好むのはこういう質感があるからだね。

そうやって、客観視をきっかけに内面に潜っていくものになれたらと。



自分軸で受け取る力を育てると自己理解も現実を変える速度も速まっていくお話



ここで少し話は変わるんだけど、わたしは昔、YouTubeのタロット占いをよく見ていました。そこで気づいたことがあります。3択から選ぶリーディング形式のタロット占いを毎晩見ていた時期がありました。

当たるも当たらないも
「自分が引き当てた、自分が選んだ」
そう受け取り方を変えたら、自分軸が自然と育っていった。

当たってる時は
「うわ〜!わたし今選ぶ力、受け取る力が強いぞ!」

当たってない時は
「今のわたしは受け取る準備ができてないのかも」
「今のわたしにはまだピンと来ないだけかも」
「でも何か意味があるのかもしれないから少し置いておこう」


こんな感じ。


その頃は、恋愛も仕事も人間関係もうまくいってない時で、
YouTubeのタロット占いで運試ししたり、
気を紛らわしていたんだけど、

受け取り方を変えてからするすると現実は好転していったし
自然とタロット占いを見なくなっていった。

それは自分軸が育っていったから。
他人に確認しなくてもすがらなくても
現実を自分が動かせるようになっていったから。


だから、一般的なパーソナルカラー診断もわたしのPICC診断も
他人軸で受け取らないことが本当に結果を活かせるコツなのかも。


「この結果は私のどういうとこから来てるんだろう?」
「当たってないなと思うってことは自分ではどう思ってるんだろう?」
「この言葉が嬉しいってことは自分の中でここがお気に入りなんだな」
もっとこういう言葉がほしかった・・・って思うってことは、自分ではここを見て欲しいって思ってるんだな
「写真の光や写り方がこう見えてたのかな?でも私はこう見えていたいと思ってるんだな」


どんな結果や事実からでも自分を知る材料にできる。


自分を知ることを他人に預けないこと。

その感覚を一緒に育てていきたい。
そのきっかけになりたい。


わたしはそう思ってPICC診断を構築して世に出して気軽に触れてほしいそう思ったんだよね、と改めて。




だからといって「受け取り方次第だから」と、
適当な診断をしていい理由にはなりません。

わたしは一人ひとりの魅力に誠心誠意向き合い、診断の精度も、言葉の質も、理論も、これから先もずっと育て続けます。





PICC診断は「あなたを決めつける診断」ではありません。

他人から見えるあなたを入口に、本来のあなたへ還る診断
そして、色を通して、本来の自分へ還るための理論。


自分を知ることを他人に預けない。

でも

他人から見える自分を知ることを恐れない。

その両方を大切にできる人が増えたら嬉しい。

そんな思いで

PICCを育てています。


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